第1話
「なぁなぁ、頼むよ~! ホントマジヤバいんだって」
「頼むよって言われても、僕だって困るよ。いきなりそんな事言われても…」
「そーんな固い事言わずに…なっ?」
「…はぁ、本当にユトナはいつも唐突なんだから…」
両手を合わせてこれでもかと言わんばかりに深々と頭を下げて懇願するユトナに対し、そんなユトナを腕を組みながら見下ろすシノア。
そして、本日何度目になるであろう深々とした溜め息を零してみせた。
此処は2人の実家、どうやら偶然の一致で2人共同じ日に休暇を貰ったらしく、こうして2人でまったり休日を過ごしていた…のだが。
ユトナが1人意を決したような顔つきになるなり、シノアに土下座せんばかりの勢いで頭を下げつつ、何度も食い下がるようにお願いをしているのだ。
一方、シノアも無下に断るのは気が引けると思いつつ、おいそれと承諾出来ない内容らしくどうしたものかと考えあぐねるばかり。
「だからさー1日だけでいいんだって。テキトーに誤魔化しときゃ、何とかなるよ」
「そんな事言われても…。今更入れ替わるの止めて元に戻るって言ったって、僕に騎士なんてさっぱり向いてない事くらいユトナだって分かるでしょ?」
「そりゃ、分かってるけどさ…とにかく緊急事態なんだって。それにずっと元に戻る訳じゃなくて、1日経ったらまた入れ替わるつもりだしさ。そんならいいだろ? オレだって、メイドなんざやりたくねーよ」
「うー…でももし、騎士として戦う事になったら…」
「その辺は大丈夫だよ、多分。まだオレ下っ端の下っ端だし、任務っつったってパトロールとかお使い程度しかやった事ねーから。マジで困ってんだよ今~。同僚の中にさ、無駄に勘がいい奴がいてオレの事勘ぐってんだよな。バレたらマジで洒落になんねぇし、此処は一つオマエにビシッとオレは男だー! っていうアピールをしてもらいてーんだよ」
必死に頼み込むユトナの脳裏にふと過ぎるのは、キーゼの猜疑に満ちた眼差し。
彼がユトナを疑っているのは、最早気のせいでは無いだろう。
基本的に相手の感情に鈍感であるユトナでさえも、それに気づいているのだからよっぽど疑われているに違いない。
「どういうアピールさ、それ…。はぁ、全くもう…自分からトラブルの種蒔いておいて、僕にそれ刈り取れってどんだけはた迷惑な話なのさ。でも、バレたら色々困るし……しょうがない、分かったよ。でも、1日だけだからね?」
「……! いや~やっぱオマエ話分かる奴だよな~! ホント助かるぜ、ありがとな! やっぱ持つべきものは兄弟だよな~」
「…全く、都合の良い時だけそういう事言うんだから」
もしユトナが女だという事がばれてしまえば、それこそ騎士という組織そのものに大きな波紋を投げ掛け兼ねない。
そして、そこからシノアと入れ替わっている事まで白日の下に晒されてしまえば…最早この街にさえ居られなくなるだろう。
そんな事になってしまえば、それこそ双子揃って死活問題である。
そもそも、女装までしてメイドになっていただなんて、知られたらどれだけ周りから白い目で見られるか…想像するだけで背中を嫌なものが通り抜ける。
だからこそ、渋々ではあるもののシノアは承諾する事にしたのだろう。
一方、しょんぼりした顔が一変、パッと霧が晴れたように明るい顔つきになりシノアに抱き付くユトナ。
そんなユトナを見遣りながらやれやれ、と溜め息を吐いた後、さらにこう切り出した。
「元に戻るなら、お互いの現状とかをきちんと把握して、お互いがお互いをちゃんと演じられるようにしなくちゃ。ボロが出たら大変だからね。それから、今僕が仕えてる人はとんでもなく人使いが荒くて相手に要求するものが厳しくて抜け目なくて容赦ない人だけど、絶対に入れ替わってるって感付かれないようにね?」
「え~何だよソレ、めんどくさそー。つーか、オマエが仕えてる奴ってどんだけだよ。何その鬼畜級は」
「面倒臭いじゃないよ、大体誰のせいでこんな面倒臭い事になったんだっけ?」
「…うっ、それ言うか…? シノアってたまに恐ろしくSっぽくなるよな」
「……何か言った?」
「いーや、何も?」
ギロッと鋭い眼差しで睨み付けられるも、しれっとそっぽを向いて適当に誤魔化すユトナ。
本当は聞こえているけれどあえて追及はしないのか、それとも本当に聞こえていなかったのかは定かではないが、シノアがこれ以上問い詰める事は無かった。
早速細かい打ち合わせをしようと思ったその時、ふとシノアの視界の隅を捉えるのは窓に映る透き通るような真っ青な蒼穹。
ずっと見つめていたら吸い込まれてしまいそうな蒼に、シノアの脳裏にとある事が思い浮かんだ。




