第6話
一方、指さされた女性はきょとんとしたまま首を捻るばかり。
だが、状況を掴めないのはマディックも同じであった。
セオと女性を交互に見遣りながら、何とかセオの考えを推測するマディックであったが、ようやく合点がいったようでハッと目を見開いた。
「……、君は…どうやらとんでもない勘違いをしているようだな」
「……へっ? 勘違いって、どういう事です?」
まるで予測していなかった言葉に、思わず間抜けな声を上げるセオ。
すると、マディックは深々と溜息をついてから一連の成り行きを説明してやった。
「君は、他の者達から連絡を受けていないようだな。つい先程、住宅街で犯人らしき夢魔の女を発見、現在捕縛に向けて行動中だ。私もその連絡を受けて、現場に向かう途中なのだ。
確かに、そこの女性も同じく夢魔のようだが…彼女は違うだろう。何せ、住宅街に現れた女は住民に襲い掛かろうとした所、我ら騎士団の者に見つかったのだからな。
それに、先程の爆音…君も聞いただろう? あれは騎士達と交戦中の証だ」
「──!! そ、そんな…」
マディックの説明でようやく、自分がとんでもない勘違いをしてしまった事に気づいたらしい。
頭の中は真っ白、がっくりとうなだれるセオ。
しかし、幾ら悔やんだ所で、後悔した所で過去の過ちを無かった事にするなんて出来る筈もなく。
セオは決まり悪そうに、恐る恐る女性へと視線を移した。
「えーと、その…」
「いや~、これでようやくあたしがその犯人やらじゃないって事が証明された訳ね。良かった~、このまま君に信用されなかったらどうしようかと思ったもの。…で、君…何か言いたい事は?」
ようやく疑いが晴れた事に安堵の息を吐きつつ、一気に形勢逆転して勝ち誇ったような微笑みを浮かべる女性。
一方、先程までの勢いは何処へやら、たらたらと冷や汗を流しながらやたら視線を泳がせるセオ。
それでも、自分がしでかしてしまった無礼をそのままにしておく訳にはいけない、と腹を括った。
「す…すいませんでしたっ! まさか、この街に夢魔の女の人が2人もいるなんて思わなくて…だから君の事、よく調べもせずに犯人だって疑っちゃって…」
謝罪の言葉を素直に口にすると、深々と頭を下げるセオ。
最初は彼の行動に驚きを隠せない様子の女性であったが、やがてふっと表情を和らげると、
「君、本当に真っ直ぐというか、素直というか…。まぁいいよ、疑いも晴れたし」
「う…。ほ、本当にすみません…」
返す言葉も御座いません、といった様子でしゅんとうなだれるセオ。
…と、そこでマディックの焦りを孕んだ声が飛んできた。
「セオ、何時まで油を売っている気だ? 君もすぐに交戦中の仲間と合流するんだ。私に着いてこい」
「あ…は、はいっ! あ、でも…」
そう言い放つなり、さっさと駆け出してしまうマディック。
すぐに彼を追いかけようとするも、散々迷惑をかけてしまった女性とこのままオサラバするのも何だか気が引けてしまう。
どうしようかとおろおろするセオの耳に、女性のとんでもない発言が耳に入ってきた。
「なるほど、この先に本物の犯人がいるって訳ね~。無実のあたしにこんだけ迷惑をかけてくれちゃった、その犯人とやらの顔を拝んでやらない限り、あたしも納得出来ないわ。
…って事で、あたしもついていくけど…いいでしょ?」
「……へっ? き、君が? いやいや、ダメだよ、無関係な人を巻き込む訳には…」
「あーら、犯人って疑われた時点で、あたしもう無関係じゃないんだけどな~? …いいわよ、ね? あたしを散々犯人呼ばわりした騎士さん?」
「うっ…。わ、分かったよ、好きにしてくれよ、もう! ただし、危なくなったらすぐ安全な所に避難してくれよ?」
女性の脅し文句は効果覿面だったようで、ぐうの音も出ないセオは女性の言うがまま。
…脅しが無くとも、押しの弱いセオに断る術など無かったのだろうが。
仕方なく、女性を連れてマディックの後を追うセオ。
現場に近づくにつれて、喧騒の音も大きさを増していった。
「おそらく、この先に抗争中の騎士団と犯人が居る筈だ。いいか、気を引き締めていけ」
「はい、分かってます隊長」
マディックの注意を受けて、セオの表情はさらに緊張と闘争心で強張ってゆく。
腰に差した剣の柄に手を触れたまま、ゆっくりと進んだその先には──…
「た、隊長…。申し訳御座いません、犯人を目の前にしながらこの失態…」
「……! 皆、大丈夫か!?」
3人の視界に広がる光景、それは一同を驚愕の渦に叩き込むには十分すぎる程であった。
満身創痍の騎士達、そんな彼らを見下ろしながら、傲慢な表情を浮かべる1人の女。
蝙蝠のような翼、変わった形の尻尾、尖った耳、頭に生えた一対の角。
これらの特徴は、女が夢魔である事を示唆していた。