第15話
知らない筈なのに、この感覚は何なのだろう。
まるで、遥か昔に失ったものを懐かしむような、奇妙な気持ち。
どうしてだろう。
自分は何も知らない。知らない筈、なのに…。
だとするならば、この奇妙な感覚…所謂既視感にも似た感覚は何だというのだろう。
「あたしは…知ってるの…?」
誰に言うでも無く、空に彷徨うレネードの声。
そうだ、自分は知っている。自分の視界に映り込む、とある光景の事を。
しかし、それの正体が何なのか、自分にどんな関わりがあるのか…それは幾ら考えた所で思い出せない。
もしかして、この妙な既視感こそが。
自分の失われた記憶の断片、なのだろうか──…?
「……っ? うっ、あ、頭が…っ」
何となくそう悟ったレネードに襲い掛かる、耐え難い頭痛。
それは立っている事さえままならない程の激痛で。
思わず頭を両手で押さえ、その場にうずくまるレネード。
必死に呼吸を整え平常心を保とうとするも、頭痛は収まるどころか酷くなる一方。
一体どうして、自分はこんな急激な頭痛に襲われたのか。
仮説を立てるなら、原因は一つしか有り得ない。
自分が失われた過去の欠片を、取り戻しかけたから…。
「……! レネードさん…!? 大丈夫かい!?」
不意に背後から降り注ぐ悲鳴にも似た声。
弱々しい仕草で視線だけ必死に背後へと向ければ、そこには不安と驚愕のあまり顔を歪めるセオの姿があった。
どうやら忘れ物を無事に取り戻せたようで、レネードの元へ戻ってきたのだろう。
すぐさまレネードの傍に駆け寄り、心配そうに彼女の顔を覗き込みながら肩を支えるセオ。
一方、心配かけまいとレネードは無理矢理笑顔を作ってみせた。
「セオ君…お帰り、早かった、ね…。あたしなら、大丈夫だから……つっ」
「そんな見え透いた嘘、つかないでくれよ。そんな苦しそうな顔して、何が大丈夫だっていうんだよ!? どうしたんだい? 何処か痛むとか?」
何時もは穏やかで取り乱す事さえないセオにしては珍しく、苛立った顔つきで声を荒げる。
どうやらレネードに強がられた事が、彼にとっては苛立ちの原因になったのだろう。
どうして自分を頼ってくれないのか…どうして無理して嘘をついたのか、と。
一方、そんなセオの態度に驚きを覚えたのか一瞬目を丸くすれば、次いで俯いてポツリと声を零すレネード。
「やっぱり、バレちゃったか…。さっきから、頭が痛くて…」
「頭痛…? 風邪とか、何かの病気とか…? とりあえず、あまり頭は動かさないよう方がいいと思う」
「ううん…そういうんじゃないと、思う…。さっき、ほんの少しだけ、記憶が取り戻せそうな、気がして…」
「……! 本当かい? もしかして、頭痛ってそのせいなのかもしれないね」
「そうね…あたしも、そう思う…」
「記憶が戻りそうなのは良かったけど、とりあえず部屋に戻ってゆっくり休もう」
レネードの言葉に瞠目するセオであったが、記憶云々よりレネードの身体が心配らしいセオは一旦会話を切り上げると、早急に自室に戻ろうとレネードを軽々と抱き上げた。
まさか抱き上げられるとは思っていなかったらしいレネードは頭痛など何処へやら、驚愕のあまり目を白黒させるばかり。
「え、ちょっ…!? セオ君、そこまでしなくていいって…」
「……? どうしてさ? こんな状態のレネードさんを歩かせるわけにはいかないだろ? 暫くじっとしていてくれよ」
「そ、それはそうなのかもしれないけど…。…ありがとう、セオ君」
自分がいともあっさりと抱き上げられてしまった事、そして自分の肩に添えられたセオの手の力強さを感じてレネードは心の奥がざわざわとざわめくのを感じて。
初めてかもしれない…彼が男性だとこんなにも意識してしまったのは。
意外とセオも腕力があったのかとか、軽々と抱き上げられてしまって少々癪だとか、そんなどうでもいい事が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
何故か顔が赤らむのを感じて、急にそれが恥ずかしくなったのかセオに自分の顔が見られないようにプイッとそっぽを向いてみせた。