第12話
「あはは、あははははー…だよな、そーだよな。うん、何とかなる何とかなるっ」
無理矢理引き攣った作り笑いを浮かべると、まるで自分に言い聞かせるように呪文のように繰り返すユトナ。
そんなユトナを一瞥しつつ、シノアは小さく溜め息をつくと、
「…まぁ、セルネ様ってどうにも食えない所があるし、信用しきれない所はあるんだけど…でも、今の時点ではとりあえず大丈夫だと思うよ。だからユトナはややこしい事は考えないで、今はとにかく身体を休める事を第一に考えてよ」
「あー分かってる分かってる。流石のオレもちょっとしんどいんだよな。暫く一眠りでもすっかな」
珍しくユトナが自分の言う事を素直に聞いてくれた事に驚いたように目を丸くしつつも、安心した様子で胸を撫で下ろすシノア。
次いで、セオへと視線をずらした。
「そういえば、セオも魔耀石を握った時に異変があったんでしょ? 身体の方は大丈夫なの?」
「え? あ、うん、俺ならもう大丈夫だよ。すぐに石は手から離したからそんなに身体に負担かからなかったし、ユトナみたいに暴走する事も無かったから」
「そうなんだ…。でも、一応休んだ方が……」
「セオ君っ! 身体は大丈夫なのっ何処か怪我とかしてない!?」
シノアの声を遮る様にして勢いよく扉が開く音が響き渡ったかと思えば、部屋中に高らかに飛来する女性の声。
セオだけは聞き覚えのある声に驚きを覚えたのも束の間、開いた扉から駆け込んできた女性がセオにタックルせんばかりの勢いで抱き付いてきた。
「なっ…レネードさん…? ど、どうして…? …っていうか、若干苦しいんだけど…」
「…へ? あ、ごめんねセオ君、感極まってちょっと腕に力が入っちゃってみたい」
「あ、いや、それはいいんだけど…」
黒い翼に角を生やした、何処か健康的な色香を纏った女性──レネードはセオにがっちり抱き付いていたが、どうやら彼女の意図せぬ形でセオにヘッドロックをかけてしまっていたらしい。
苦しそうに顔を歪めるセオに気づいてすぐに彼から離れると、てへへ、と誤魔化し笑いを浮かべてみせる。
「えーと…とりあえず俺なら大丈夫だから。ちょっとトラブルがあったんだけど、今はもう平気だし。それにしても、何処でその話を聞いたんだい…?」
「本当に? セオ君、心配かけさせたくないからってすぐ強がったり嘘つくから心配なのよ。でも…顔色も良いし、怪我もしてないみたいだし…本当に大丈夫そうね。…あ、そうそう、部屋に居たらね、セオ君のお友達っていう騎士さんが来て教えてくれたの。今医務室に居るだろうから、様子見に行ってやってくれって」
「…あー、キーゼとネクトの仕業か。全く、親切なんだか余計なお世話なんだか…」
セオが元気そうなのを悟るとホッと胸を撫で下ろした後、事の成り行きを説明するレネード。
一方で、絶対にその友人達──主にキーゼだけだが──は事態を引っ掻き回して楽しみたいだけなのだろうと察したセオのこめかみには、青筋がぴくぴくと脈打っていた。
ある意味2人の世界を展開していた為全く話に入り込めずぽかんとしていたシノアとユトナであったが、いち早く我に返ったシノアが躊躇いがちにセオに声をかけた。
「えーっと、あの…セオ、この人は…? 見た所、夢魔さん…なのかな?」
「あ、ごめん、そういえば紹介がまだだったね。彼女はレネードさん。シノアの言う通り、夢魔だよ。…まぁ何て言うか、色々あって…騎士団の寄宿舎で一緒に暮らしてるんだ。レネードさんは記憶を取り戻す為に旅をしてるみたいなんだけど、泊まる所も無いみたいだったから…」
「うん、まぁそんな感じね。お2人は…セオ君のお友達なのよね? ふふ、これから宜しくね」
セオから紹介して貰うと深々と頭を下げた後、シノアとユトナの顔を交互に見遣るレネード。
シノアもすぐに自己紹介しようとするものの、そういえばユトナと入れ替わっている事を隠し通すべきか…ふとそんな思いが脳裏を過ぎり口を開く事を躊躇ってしまう。
それに気づいたのか、セオがにこっと笑いかけてみせた。