第10話
──時は少々遡る。
セオより先に、早々に訓練場から後にするセルネ。
訓練場から城までは少し距離があり、二つを行き来する為の一本道があるのだが。
そこを通ろうとした刹那、セルネの視界の隅に映り込む二つの人影。
セルネはそれらの人影には目もくれず、視線は前方を向けたまま吐き捨てるようにこう言い放つ。
「…全く、人が苦労しておる中覗き見とは、関心せぬのう」
「おや…お気づきになりましたか。それにしても覗き見とは人聞きが悪いですね。とてつもない物音がするから現場にやってきてみれば、すでに事態も収拾がつきそうでしたので出るに出られなかっただけですよ」
「相変わらず減らず口が達者なようじゃのう…若殿」
飄々とした態度でのらりくらりとセルネの嫌味を躱すのは人影のうち片方──青紫色の長い髪を垂らし、左右の異なる色の双眸を持つ青年…ロゼルタだ。
そんなロゼルタの口ぶりに眉をしかめるのは言わずもがな…セルネ。
「お褒めの言葉として受け取っておきますよ。それにしても、一体何が起こったのです?」
「…フン、お主等に話す義務も義理も無いからのう」
興味深そうに問い掛けるロゼルタに対し、セルネの返答は素っ気ないもの。
そして、セルネの視線は次いで彼の傍らに佇むもう一つの人影へと向かった。
「……、それにしても…珍しい顔に出くわしたものだのう。お主も、自分の研究室の外に出る事もあるのじゃな?」
「…たまたまだ。それに、あれだけ魔力の流れを感じたら、放っておく訳にもいくまい」
「ほう…流石、妾と同じ宮廷魔術師といった所かえ。魔術師の知的好奇心が疼いたという事かのう?」
セルネの視界に映り込むのは、魔術師のローブを着込み、透けるような白い肌にすらっとした体躯の青年の姿。
どことなく真面目そうな雰囲気を纏い、その双眸には何物にも揺るがない強い意志のようなものを感じた。
「そう解釈してくれて構わない。しかし…あれは私も初めて目の当たりにした。一応、落ち着いたようだが…あの騎士に何かあるのは間違いあるまい」
どうやら陰で顛末を達観していたのだろう、魔術師の青年の双眸が妖しく輝く。
しかし、セルネは相変わらず素っ気ない態度を崩そうとはしない。
「全く…この野次馬が。勝手にすると良い…だが、例の騎士は相当体力を消耗しており、暫くは絶対安静じゃ。あやつを話をするにしても、当分は控えておけ」
セルネはそれだけ一方的に言い放つと、2人の脇を擦り抜けその場を立ち去って行った。
残されたのは、ロゼルタと魔術師ただ2人。
何やら何度か会話を交わした後、その2人も用は済んだのかその場を後にした。
◆◇◆
「……、ん…? あ、あれ…? 此処は…?」
ゆっくりと瞼を開けば、視界に広がるのは天井のクリーム色ばかり。
すぐに身体を起こそうとするも、身体は気怠く全く自分の思い通りに動いてはくれない。
まるで自分の身体が鉛にでもなったか、自分の意志から離れてしまったようだ。
「ユトナ…! 良かった、やっと目を覚ましてくれた…! 大丈夫かい? 何処か痛い所とか無いかい?」
不意に飛来する、聞き覚えのある声。
気怠い身体を何とか無理矢理動かして声のする方へと頭を動かせば、そこには感極まって泣きそうな表情を浮かべるセオの姿があった。