第9話
最初に動きだしたのはマディックだ。
ユトナの気を引くように──とはいえ、自我を失いつつあるユトナに効果があるのかは分からないが──声をかける。
「いいかシノア…君の相手はこの私だ」
その言葉に呼応したのかどうかは定かではないが、頭上が不気味に輝いたかと思えば幾つもの稲妻が降り注ぐ。
落下地点を先読みして稲妻を躱すも、あまりにも数多の雷が降り注ぐ為幾つかは避け切れずにセルネが張ってくれたシールドとぶつかり霧散した。
しかし、それでもユトナの暴走は止まらない。
今度は彼女から青白い炎の球が生み出されたかと思えば、無差別に辺りに飛び交ったのだ。
「青い炎…? 何だこれは?」
今まで目の当たりにした事もない不思議な炎を訝しげに見つめながらも、もし命中したら危険であろう事を第六感が告げる。
脳裏に煩いくらい鳴り響く警鐘に従い、紙一重で横に跳んで躱すマディック。
青い炎は空を切りながらマディックのすぐ脇を掠めれば、地面へと直撃する。
しかも、炎である筈なのにそれは地面にぶつかると凄まじい冷気を発しながら辺りを凍り付かせてゆく。
これには、マディックだけでなくセルネも驚愕を覚えたようだ。
「絶対零度の炎…まさか、こんな高度な魔術…いや、呪文の詠唱を行っておらぬからただの魔法か…此処まで使えるとは思わんかったのう」
感嘆の声を上げるセルネをよそに、さらにユトナの間合いへと飛び込もうとするマディック。
一方、ユトナの方はといえば彼女の意志というより防衛本能が働いているのだろう、マディックへ向けて凄まじい魔力が放出される。
「くっ…不味い、このままではシールドが…!」
シールドと魔力がぶつかり合い、だんだんとシールドが薄く脆くなってゆく。
このままではシールドが壊されるのも時間の問題…そんな絶体絶命の中、マディックの顔に浮かんだのは──勝利を確信した笑み。
「後は任せたぞ…セオルーク」
マディックの言葉を皮切りに彼の背後から姿を現したのはセオ。
どうやら、マディックの背中に隠れて機会を窺っていたようだ。
地面を強く蹴り上げて高く跳躍すれば、マディックの頭上を飛び越えて向かうはユトナの元。
着地する前に鞘に収めたままの剣を頭上から大きく振り下ろした。
剣はユトナの腕に当たり凄まじい衝撃を与える。
その衝撃に負けたのか、ユトナは手にしていた魔耀石をその場に落としてしまったのだ。
「やった、上手く行った…! お願いだから正気に戻ってくれ…!」
セオは地面に降り立つなり体勢を立て直しつつ不安と期待を込めた眼差しをユトナに向ける。
皆が息を飲んで事の成り行きを見守る中、それは起こった。
あれだけ辺りに渦巻いていた魔力がピタリと止まれば、まるで嵐が通り抜けたような静けさ。
そして、力を使い果たしたようにその場に力なく倒れるユトナ。
「シノアっ! 大丈夫かい!?」
ハッとなってユトナの傍に駆け寄り、すぐさま彼女の顔を覗き込むセオ。
次いでマディックとセルネもやってきた。
「2人共大丈夫か? 怪我はないか?」
「俺は大丈夫です。でも、シノアの方が…。急に倒れちゃって、気絶してるみたいです」
マディックの言葉にコクリと頷くも、心配そうに眉根を寄せるセオ。
しかし、セルネはけろっとした顔つきで、
「ふむ…魔力の暴走は止まったようじゃし、おそらく大丈夫だろうて。そのうち意識も取り戻すと思うぞ」
「ほ、本当ですか? 良かった…!」
安心したと同時に気も抜けてしまったのか、へなへなとへたり込むセオ。
そんなセオの肩を、マディックは優しく叩いてやった。
「大丈夫とはいえ、おそらく相当の魔力と体力を使い果たした事じゃろう。暫くは安静にさせておけ。そやつには妾としても色々聞きたい事や調べたい事があるが…当分は止めておいてやるか。あと、原因がはっきりする前はそやつに魔耀石を近付けてはならぬぞよ」
「あ…分かりました、すぐに医務室に連れていきます」
「うむ、そうするが良い。妾はもう疲れた、休ませて貰うからの。後はお主等で勝手にせい」
セルネは一方的にそれだけ言い放つと、やれやれと盛大に溜め息をついてからさっさとその場を離れてしまった。
立ち去るセルネの顔に疲労が浮かんでいる事からも、彼女もかなりの体力を消耗した事は言うまでもない。
「ちょ、セルネさん…? 行っちゃった。隊長、じゃあ俺もシノアを医務室に連れていきますので」
「ああ、宜しく頼むぞ。私は皆に報告してこなければならんのでな」
セオはマディックに軽く会釈をすれば、気絶したユトナを担いでその場を後にした…直前。
セオの背中に声をかけるマディック。
「セオルーク、君も魔耀石のせいで体調の異変をきたしたのだ。君も無理はするな、出来る事ならシノアと一緒に医務室で休みなさい」
「お気遣いありがとうございます、隊長。それじゃあ、失礼します」
セオは再度会釈をすれば、訓練場を後にし医務室に向かったのであった。