第7話
周りの騒音も、他人の存在もいつしかユトナの意識から取り払われていく。
少しずつ、ユトナの体内に眠る魔力が目覚めていく。
ユトナもその感覚を感じ取ったのか、今まで感じた事もない感覚に戸惑いつつも身を委ねていく。
しかし、異変は突然訪れた。
──ドクン。
「……?」
ユトナの体内で脈打つ、不思議な感覚。
まるで、自分の意志から離れて、何か大きな力が体内を蠢いているようであった。
気持ち悪い、奇妙な感覚。
このままでは不味い──…本能的にそう察したユトナは何とか自分の中で這い回る奇妙な感覚を抑え込もうとするも、すでに自分の手に負えるようなものではなかった。
これは一体何なのか。
一体自分の身に、何が起こっているというのか。
誰か…誰か助けて。
このままでは、自分が自分では無くなってしまうようで──…
「…シノア? どうかしたのかい?」
流石のセオも異変を感じ取ったようで、脇にどいて休憩していたものの心配そうに眉尻を下げながらユトナの傍へと歩み寄る。
すると、急に胸を抑えて苦しみだすユトナはそれでも縋るような眼差しをセオに向けた。
「よく…分かんねーんだよ…。でも、怖い…何か、力が溢れて来て、抑えきれ……ぐっ…!」
「ちょっ、おい! どうしたんだ? シノア、何があったんだ?」
何かに抗うように必死にもがきながらも、藁に縋る思いで右手を伸ばすユトナ。
それに応えるように咄嗟に手を伸ばすセオであったが、あと僅かな所で間に合わず。
2人の手は、虚しく空を彷徨った。
ユトナの伸ばした手がだらんと力なく垂れ下がるのとほぼ時を同じくして、彼女の身体から凄まじい衝撃波が吹き荒れる。
──否、それは魔力がユトナの体内だけでは収まり切らず、溢れ出す魔力がエネルギーとして吐き出されたものであった。
あまりの衝撃にまともに立っている事さえままならず、身構えるも耐え切れずに数メートル吹き飛ばされるセオ。
咄嗟に起き上がって体勢を立て直すセオの眼前に、マディックとセルネの姿があった。
「セオルーク、大丈夫か? 怪我は無いか?」
「隊長…! はい、俺は大丈夫です。俺よりもシノアが…!」
「ああ…こんな光景を見るのは私も初めてだ。一体何が起こっているというのだ…?」
マディックに力なく笑顔を向けるセオ。
とりあえずセオが無事である事を確認すれば、すでに自我を手放しふらふらとおぼつかない足取りで佇むユトナを一瞥してから、突然の事態に茫然とする他の騎士達へ一刻も早くここから離れるように指示を送る。
すでに怯え切っていた騎士達はマディックの言葉を皮切りに、まるで弾かれるようにその場から一目散に逃げ出した。
気付けば、その場に残されたのはセオとマディックとセルネ、そしてユトナだけ。
辺りをぐるりと見渡してから、最後にセオへと視線をずらした。
「どうやら皆逃げたようだな。セオルーク…君も早く此処から逃げろ。後は私とセルネ殿で何とかする」
「で、でも…逃げるなんて出来ません。シノアは…俺の大切な友達なんです。それなのに、見捨てるような真似は出来ません」
一切の迷いの無い、澄み切った本心からの言葉。
嘘偽りのない真っ直ぐな双眸に一瞬吸い込まれそうになる感覚を覚えてから、マディックはやれやれ、と溜め息を吐いてみせた。
「全く…隊長の命令に背くとは、もし任務中であったなら只では済まなかったぞ。だがまぁ…いい。では君も協力してくれ」
「ほ、本当ですか…? 隊長、ありがとうございます!」
マディックの半ば諦めたような口調に、顔をパッと輝かせてからぺこりと頭を下げるセオ。
しかし、のんびり会話を交わしている時間はどうやら無いようだ。