第5話
──刹那。
セオは気づくべきだったのかもしれない。
女性の口角が、不敵に吊り上った事に。
「覚悟……っ!?」
手にした剣を横一線に滑り込ませようとした瞬間、女性の手に持つ弓が怪しく輝く。
咄嗟に嫌な予感を察知したセオは後ろに跳躍しようと思うも、すでに時遅し。
弓が光り輝く槍へと変化を遂げ、周りの空気を切り裂きながらセオ目掛けて一直線に放たれる。
何とか直撃だけは免れなければ──…!
そう咄嗟に判断したセオは、何とか足を捻って方向転換、半ば無理やり横へと跳ぶ。
それとほぼ同時に、光の槍はセオの肩を掠めた後、力を失って消滅していった。
掠めた肩からは血が滲み、服を紅く染めてゆく。
傷に気づいているのかいないのか、肩には目もくれぬままただ女性だけを凝視するセオ。
一方、女性はやれやれ、と溜め息をつくと、
「うーん、避けられちゃったかー。まぁ、本気で当てるつもりは無かったからいいけど。
…君も、いい加減諦めたら? 幾ら君が向かってきても、あたしには勝てないわよ。さっきので分かったでしょ?」
「……っ、さ、さっきのはちょっと油断しただけだ! それに、本気で当てるつもりが無いってどういう事だよ!?」
女性の言葉に必要以上にムキになって反論するセオ。
まるで自分が馬鹿にされたかのような印象を受けたのだろう。
「だって、あたしと君が戦う理由も、傷つける理由も無いでしょ? あたしは無暗やたらと人を傷つけたくないの」
「この期に及んでまだ言い逃れるのか!? お前以外に、この街に夢魔の女が居る訳ないじゃないか!」
高く結い上げた髪を掻き上げながら、あっけらかんと言い放つ女性。
しかし、セオはそんな彼女の態度が気に入らなくて仕方ない、といった様子だ。
「ところで、さっきも言っていたけど…どうして君はそんなに夢魔の女を探してるのよ? 一体この街に何が…」
──ドォォォンッ!
女性の声を掻き消す程の、耳を劈く程の爆音。
2人はほぼ同時に、音のする方へ視線をずらした。
音の先には、確か住宅街があった筈──…セオはすぐさまそう判断する。
「今の音、住宅街からだ…! 一体何があったんだろ?」
先程の爆音の正体が気になるものの、かといって自分が発見した夢魔の女を取り逃がす訳にもいかず。
考えあぐねたセオが導き出した結論は、こうだった。
「ねぇ、今の音なんなのかしらねぇ? ……? ちょっと、何のつもり?」
「俺のあの音は気になるけど…確認するのはお前を捕らえてからだ」
再び剣を構えて獲物を狙う視線へと変えるセオに、女性は困惑の色を隠せない。
「ちょっと待ってよ、さっきのあたしの話聞いてなかった? もー君ってば、結構頑固ってか人の話聞かないよね」
「煩いっ! 俺には騎士としての使命があるんだ」
地面を深く踏みしめ、強く蹴り上げようとした──まさにその瞬間。
不意に、セオの背後から一つの声が降り注いだ。
「セオ…君は一体こんな所で何やってるんだ?」
「──え?」
確かにセオの耳に届いたらしく、そのせいですんでの所でその場に踏みとどまる羽目になってしまう。
この声には、確かに聞き覚えがあったから。
確信を胸に抱きつつ、セオが振り返ったその先には──…
「ま、マディック隊長…! 決まってるじゃないですか、例の犯人を、今から捕まえようとしている所です」
「犯人…? 何処にいるんだ?」
セオの説明に、合点がいかないようで首を捻るマディック。
一方、どうして隊長は分からないのだろう? とセオは心の中で疑問符を散らせる。
女性を指さしながら、
「そこにいる、夢魔の女ですよ! 彼女が犯人に間違いないです」