第2話
「いつもなら、たかが夢くらいでいちいち気にしたりしないんだけど…。何か、その時の事思い出しちゃってさ」
「誰にだって、そういう事はあるよ。それに…これからは嫌な夢見たらあたしが食べてあげる。こういう時に夢魔って便利でしょ?」
自嘲気味にそう呟いて眉尻を下げるセオに、にっこりと茶目っ気たっぷりにそう返すレネード。
それは、彼女なりの励ましなのだろう。
彼女のそんな気遣いが嬉しくて、温かくて。
今まで悪夢に怯えていた自分が、まるで嘘のように吹き飛んで行くのを感じた。
「ははっ、じゃあ今度頼もうかな。それにしても、夢ってどんな味がするんだろ…? やっぱり、美味しいとか不味いとかあるのかい?」
「もっちろん、あたしにお任せよ。そうねぇ…一概には言えないんだけど、その辺は夢魔それぞれに好みの味があったりするのよ。ふふ、こればっかりは食べてみないと分からないでしょうけど」
「う~ん…流石にそれは俺には出来ないからなぁ。…レネードさん、ありがとう…励ましてくれて。元気出てきたよ」
「…え? いいっていいって、あんなしょんぼりしてたセオ君、放っておけなかったもの」
「へっ? 俺、そんな顔してたかい?」
「あら、自覚無し? もー何て言うか、母性本能擽るような可愛い顔してたよ~」
「なっ…!? ちょっ、それ絶対からかってるだろ!」
「…あ、ばれちゃった?」
何時の間にか話題が逸れる所か、不毛な会話になりつつあるような気もするが。
それでも、セオの顔には何時しか笑みが零れていた。
そんなやり取りを交わしていた2人であったが、ふとセオの脳裏を過ぎる一つの疑問。
「それにしても…何で急にあんな夢みたんだろ。俺だって、もう忘れかけてたのに」
「きっと、忘れてるつもりでも頭の奥ではちゃんと覚えてたのよ。もしかしたら…何かの暗示か虫の知らせかもしれないわよ?」
「え、暗示か虫の知らせって…それはそれで、妙な予感がするなぁ…。でも…友達が見つかるって暗示なら、嬉しいけど」
「…うん、きっとそうよ。友達…見つかるといいね」
「ありがとう。結局友達が何処に行っちゃったのかは分からず仕舞いだったんだけど…大丈夫だよな」
それで会話は一旦途切れるも、何故か妙にセオの心を捉えて離さない、レネードの言葉。
何か、大きな嵐が起こる前触れなのか、それとも…
そこまで思案を巡らせた所で、不意にレネードに声を掛けられハッと我に返るセオ。
「さ、そろそろ食べましょうよ。冷めちゃうよ?」
「…あ、そういえばそうだった。それじゃ、頂きまーす」
すでに2人の興味は目の前に並べられた朝食に向けられ、夢の事などあっという間の頭の隅に追いやられていく。
2人は手を合わせると、早速パンを口に運んだ。
◆◇◆
「つーか、何でおれが探しに行くんだよ…? めんどいしワケワカメだし」
ぶちぶちと文句を零しながら、城内の騎士が出向くであろう場所を虱潰しに練り歩くキーゼ。
何故、彼がこんな事をしているのかと言えば。
「…ったく、休憩時間終わったらさっさと戻ってこいっての。こんな広い城内で人一人探すとか、無理ゲーだろ」
それでも上からの命令となれば、従わざるを得ない。
それでもやる気は元より皆無なので、けだるそうにしながら足取りも重い。
休憩しそうな場所は…と思案を巡らせながら、キーゼがむかった先は中庭。
キョロキョロ忙しなく視線を巡らせた先に、遂に探し人の姿を捉えた。
「…はぁ、やっといたよ…ったく疲れた」
やれやれ、と溜め息を零しつつキーゼの足が向かうのは中庭の隅に植えられた巨木。
その幹に寄り掛かって規則的な寝息を立てるのは、ユトナであった。
「がっつり寝てるし…ったく、いい気なもんだよ」
どうやらぐっすり昼寝しているようで、安らかな顔つきで熟睡するユトナの姿。
彼女の寝顔を見ていると、きっとこいつは何の悩みもないんだろうなぁ…と生暖かい眼差しを送りたくなる。
「おーいシノア、起きろー」
騎士団の中でユトナが名乗っている名、彼女の双子の片割れの名を呼ぶキーゼ。
しかし、よっぽど良い夢を見ているのか目を覚ます兆しは一向に見せない。
こうなったら耳元で大声を張り上げてやろうか、そんな悪戯を思いついたキーゼがふとユトナと距離を縮める。
その距離、互いの息遣いが聞こえてしまいそうなくらい近く。
不意に、ユトナの穏やかな寝顔が視界一杯を埋め尽くす。
意外と、睫毛が長くて艶やかなのか…とやけに他人事でまるで絵画でも眺めるようなノリでぼんやりと感想を心の中で呟く。
勿論、今までこんな間近でユトナの顔を凝視する事などなかったし、寝顔さえも目の当たりにした事は無かった。
だが、今こうして両方とも初めて見る光景に遭遇したキーゼ。
「……っ」
たかが男の寝顔を目の当たりにしただけなのに。
何故一瞬、胸を揺さ振られるような…ドキッと気持ちが高鳴ったのだろう。
無意識のうちに、吸い込まれるように自然にユトナの肩に手を置く。
男にしては随分とほっそりとした、柔らかい肩。
そう、まるで女性に触れているような…。
「……ん?」
不意に、ユトナの固く閉じられていた瞼がぱっちりと開かれる。
…と同時に、至近距離のキーゼとばっちり目が合ってしまった。
「どえぇぇぇっ!? な、ななな何だよいきなり!?」
ユトナの動揺は目を覚ましたと同時に最高潮を迎えたようで、顔を林檎のように真っ赤に染め上げながら一気に後退りしようとするも、すぐ後ろに幹があるためそれは必ず背中を強かに打つ羽目になる。
背中を強打して悶絶するユトナは、いつものがさつで落ち着きのない彼女。
いつもの変わりないユトナの姿にホッとするも、胸のざわめきが一向に納まらないのは何故だろう。
「とりあえず驚きすぎじゃね? こっちはわざわざあんた捜し回って無駄なカロリー消費したってのに」
「へっ? オレの事探してたのかよ? わりーわりー」
「全く…清々しいくらいに呑気だな、あんたは。もう休憩時間とっくに終わってるし、戻るぞー」
「げ、マジでか!? やっべ、10分くらい居眠りするつもりだったのに」
「いやいや、あんた10分どころじゃねぇしどんだけ寝るんだよ」
ようやく状況を把握したようで、さっと顔色が青ざめていくユトナとは対照的に冷ややかな眼差しで突っ込みを入れるキーゼ。
立ち上がってぐっと背伸びをした後、さっさと歩き出すユトナを慌ててキーゼが追い掛けた。
ユトナの背中を追い掛けながら、キーゼの脳裏に一つの疑念が浮かんでは消えてゆく。
まさか、ユトナは何か重大な事を隠しているのではないか…と。
一度膨らんだ猜疑の心は、ユトナに気付かれる事無くじわじわとキーゼの心を蝕んでいった。
◆◇◆
「よーし、幾ら訓練とはいえ、お互い手加減無しだからな?」
「分かってるよンな事。つーか、オマエもしかして、手加減してこのオレに勝つつもりでいたのかよ?」
「まさか。ユトナの実力はちゃんと評価してるつもりだよ。じゃあ…そろそろ始めるよ?」
「おう、オレはもう準備万端だぜ」
──所変わって、此処はフェルナント城内にある騎士団用の訓練場。
休憩時間も終了し訓練場に集合した一同は、日課の訓練に参加する運びとなった。
今日は1対1での模擬戦が行われる事となっており、セオとユトナが対戦相手となったのだ。
互いにいつもの軽口を叩きつつも、瞳に宿る闘志の炎は燃え盛るばかり。