第13話
ユニスを伴ってこの場から立ち去ろうとするシノアの背中に、セルネが声をかける。
「ふむ…まぁ良いじゃろう。だが、必ず後で妾の自室に来るように。…良いな?」
「セルネ様の…? はい、分かりました」
一体これ以上どんな用があるというのだろう…? とシノアは内心うんざりしつつも、セルネに逆らう訳にはいかないと素直に従う事にした。
それからユニスを休憩室まで連れて行って休ませた後、大分彼女が落ち着いてきたのを確認してから休憩室を後にするシノア。
廊下を歩きつつ、これからどうしたものかと思案を巡らせているようだ。
(セルネ様は後で部屋に来いって言ってたけど、やっぱり行かないとマズイかなぁ…? 正直、あんまり気は進まないんだけど…まぁ、仕方ないか)
そう心の中で呟くシノアの足取りは非常に重く。
のろのろと一歩ずつ歩を進めながらも、漸くセルネの部屋の前へと辿り着くシノア。
大きく深呼吸してから扉をノックすれば、一呼吸置いてからセルネの返答がやってきた。
「…シノアかえ? 入るが良い」
「……失礼します」
ゆっくりと扉を開ければ、そこにはソファでくつろぐセルネの姿。
一瞬今回の事で腹に据えかねていたものをぶちまけようかどうしようか…心が揺らぐも、やはり黙ってはいられなかったようだ。
「セルネ様、僕を試す為にああいった事をしたというのは分かりましたが…出来れば他の人を巻き込んだり、人を振り回すような真似は止めて貰えませんか?」
まさか、シノアから抗議が来るとは思わなかったのだろう、意外そうにシノアを見つめるセルネ。
そして、セルネはシノアを怒るどころか、大した奴だと感心しているようだ。
「ほう…妾に意見するとは、お主意外と大した奴だのう。そうじゃな、一応善処はしておこう」
「…そうして下さると助かります。それから…どうしてそこまで僕の素質に拘ったんですか? 別に、僕が魔術を使えようがなんだろうが、セルネ様には関係の無い事だと思うんですけど…」
「ふむ、確かに尤もな疑問じゃな。妾は昔から、素質がある者を何となく見抜く能力があってな、その者の才能を開かせるのが好きなのじゃよ。妾の力添えが無ければ路傍の石で終わっていたものを、ダイヤのように光り輝かせる事が出来るのじゃぞ? 全て妾の手のひらにあるようで、その快感が止められぬのじゃ。…勿論、お主もじゃぞ?」
「……へ? ぼ、僕ですか?」
「うむ、今日お主を此処に呼んだのもその為じゃ。…のう、ユトナ…妾の弟子になってみる気は無いかえ?」
「……!? 弟子…!?」
恍惚の表情を浮かべながら意気揚々と語っていたセルネであったが、ずばり本題を突き付けると鋭い双眸をシノアにぶつける。
一方、まるで予期していなかった言葉をぶつけられ、言葉を発する事さえ忘れてしまったかのようにその場に立ち尽くして茫然とするのはシノアだ。
セルネの弟子になる──つまりは魔術師になるという事。
今まで、自分にそんな道があるなんて、微塵も考えた事は無かった。
だからこそ、そう簡単に即答出来る問題では無い。
弟子になるのが嫌という訳では無いが、本当にその道を選んでもいいのだろうか──…?
そんな疑問が、彼の脳裏を過ぎっては消えてゆく。
「…ふむ、今直ぐ返事を寄越せというつもりは無い、ゆっくり考えるといい。じゃが、お主にはその素質が充分にある事…忘れるでないぞ」
「す、すみません…っ、分かりました」
セルネの言葉に何処かホッとするシノアが居て。
ふぅ、と肺の奥に溜まった息を吐き出すシノアを尻目に、セルネはあっけらかんとこう言い放った。
「…時にお主、何故女装などしておるのかえ? そんなにメイドになりたかったのか?」
「あ、それは……ってええぇぇぇっ!? ちち、違いますっ、そんな事…っ!」
あまりに軽い口調で言われてしまった為、うっかりそのノリで答えそうになったしまったシノア。
何とか喉元まで競り上がってきた言葉を押し込めてから、必死に否定して取り繕ってみせる。