第11話
無論、その間も怪鳥は待ってなどくれない。
大きく翼を羽ばたかせ、2人へ一直線へ突撃をかける。
「早くっ、向こうは本気で僕達の方に向かってきてます…!」
「だ…駄目、足が竦んじゃって…。ユトナ、貴方1人だけでも逃げて…」
「そんな事出来る訳ないじゃないですか、一緒に逃げましょう!」
がくがく震える足は、まるで自分のものでは無いようで。
力なくふるふる首を横に振るユニスに対し、まだ諦めてはいないらしいシノアはユニスの腕を無理矢理掴んで一緒にその場から連れ出そうとした…のだが。
目の前に迫る巨大な翼。
このままでは回避はほぼ不可能、むしろもう間に合わない──…!
逃げるのが無理なら、どうすれば良いというのか。
考えろ、考えるんだ…自分もユニスも、助かる方法を。
瞬時に必死に思考を巡らせるシノアの脳裏にほぼ反射的に思い浮かんだのは、一つの言葉。
助かる見込みも自信も何も無い、けれど何もしないで朽ち果てるなんて…そんなのは御免だ。
シノアはそこでキッと鋭い視線を怪鳥にぶつけると、高らかにこう叫んだ。
「母なる大地よ、その大いなる力を我に貸し給え…!」
自分でも、何故こんな言葉がすらすらと口から零れるのか不思議で仕方ないくらいで。
しかし、呑気にあれこれ考えている暇がある筈も無く、シノアは次いで右手を翳してみせた。
──刹那。シノアとユニスを守るような形で眼前に現れた──というより、地面から競り上がってきたと言った方が正しいか──巨大な岩の壁は突撃をかけてきた怪鳥と激しくぶつかり合い、結果相打ちに終わったようだ。
怪鳥は苦しげに悲鳴ににた声をあげるとその場から引き下がり、岩の壁もまた耐久力の限界を迎えたのかボロボロと音を立てて崩れ落ちていった。
「岩の、壁…? あはは、ははは…ぼ、僕、何やったんだろ…」
最大の危機から何とか脱する事が出来て緊張の糸が切れたのだろう、乾いた笑みを浮かべながらその場にぺたんと座り込むシノア。
すると、暫く茫然としていたユニスが漸く我に返ったらしく、不思議そうな眼差しをシノアに向けた。
「ユトナ…? 今の、貴方がやったのよね…? アレは一体何なの? もしかして…魔術?」
「え? えーっと…実は僕もよく分からなくて…。どうしたらいいか分からなかったんだけど、ふと頭に浮かんだ言葉を口にしただけなんです」
自分でも明確な答えが見つからないらしく、ポリポリと頬を掻くばかり。
そう…自分でも何故あの時、あの言葉が思い浮かんだのか分からないくらいで。
あれは、セルネに頼まれて書斎の掃除をした時偶然手にした魔導書に書かれていた呪文。
一体どんな効果があるのか、そもそも本当に呪文なのか…まるで分からないというのに、何故自分はそれを咄嗟に口にしてしまったのだろう。
我ながら、そんな行動に至ってしまった事に疑問さえ禁じ得ない。
それに、たった一度何気なく見かけただけの呪文を、何故自分かこうもはっきり覚えていたのか…逆に不気味にさえ思えてくる。
怪鳥を退けられたのは良かったものの、新たな疑問がどんどん湧き上がってくるばかり。
けれど、いつまた怪鳥が襲い掛かってくるかも分からないと思ったのか、すぐさま此処から逃げようと立ち上がったシノアの眼前に不意に現れたのは、予想だにしない展開であった。
「ふむ…ユトナ、お主なかなかじゃのう。まさか此処まで出来るとは思わなんだ」
「……へ? セ、セルネ様…? どうして此処に?」
聞き覚えのある声に、見覚えのある黒猫の獣人の少女の姿。
2人の前に現れたのは、セルネその人であった。
居る筈の無い人が当然の如くその場に居るという光景が脳内にインプットされないのか、暫しぽかんとして目を丸くする事しか出来ないシノア。
そんなシノアを知ってか知らずか、セルネはさっさと話を続けた。
「もう逃げる必要は無いぞ。何せ、先程の鳥は妾の放った使い魔なのじゃからな」
あっけらかんと言い放つセルネの肩には、小さな鳥が止まっており。
しかも、よく見れば先程の怪鳥にそっくりで、まるでサイズだけを縮めただけのようだ。
「…あ、言い忘れたがこやつは大きさを自由に変える事が出来る能力を持っておるのじゃ。…とはいえ、先程の大きさが最大じゃがな」