第7話
それから、時は流れ──数日後。
シノアはセルネに呼ばれ、彼女の書斎へやってきていた。
書斎と呼ぶに相応しいくらい、何処を見渡しても本、本、本の山。
部屋には所狭しと本棚が並べられ、片隅にこじんまりとした1人用の机が置かれていた。
「わぁ…凄いですね、本の量。何だか重圧感まで感じちゃいそうです…」
「フフフ、素晴らしいであろう? 妾自慢の書斎なのじゃ。何せ、妾が長年をかけてこつこつ集めた秘蔵の魔導書ばかりなのじゃからな」
ぽかんと口を半開きにしたままずらりと立ち並ぶ本棚を見上げるシノアに、どうやらご自慢の書斎らしく鼻高々にご機嫌な説明をするセルネ。
比較的新しい本もあれば手に取った瞬間バラバラになってしまうのではないかと思う程古びた本もあり、長年かけて集めたというのはどうやら事実のようだ。
「魔導書…ですか?」
「うむ、妾のような魔術師には欠かせぬものじゃ。呪文や魔術についてのノウハウも書かれておる。…どうじゃ、お主も読んでみるかえ?」
「へぇ~、そうなんですか……ってふぇぇっ!? いえいえ、僕にそんな高尚なもの読めませんて!」
「高尚では無いと思うがのう。魔術師になりたい者、魔術師の素質を持つ者にとっては至極普通の本じゃぞ?」
「だ、だって僕、別に魔術師じゃないですし魔術師の素質があるとも思えないですし…」
「……。そうか。まぁ良い、一言申せば、何時でも貸してやっても良いからの? 妾は寛大じゃからのう、大切に読んでくれるのならば快く貸してやろうぞ」
セルネが突如口にした提案に、全くの予想外だったのか鳩が豆鉄砲食らったような顔を浮かべてからぶんぶんと手を振り全力で断るシノア。
そもそも、何故セルネは唐突にそんな提案をしたのか、彼女の真意がまるで分からないらしく困惑しているようだ。
一方、セルネには何か思う所があるのか、シノアの顔を穴が開きそうなくらいじっと凝視していたが、やがてあっさりと引き下がってから視線も逸らしてしまった。
終始何が何だか分からないシノアはきょとんと首を傾げるばかりであったが、まぁいいかと思考を停止したようだ。
「…ところでセルネ様、僕を呼び出したのは一体どのようなご用事でしょうか?」
「うむ、用事と云うのは他でも無い、書斎の掃除をして欲しいのじゃ。出来る事ならば、本一冊一冊にもきちんと埃を払って欲しいのじゃ。…勿論、此処に有るのは貴重な本ばかり、丁重に扱う事…努々忘れぬように、な?」
「は、はいっ! 畏まりましたっ」
何故だか、セルネの背後に鬼神のオーラが巻き起こっているのはどうやら目の錯覚ではないようだ。
もし本を破ったりしようものなら確実に命を取られる…!? シノアはゾッと背中に冷たい物が通り過ぎるのを感じたのだとか。
「…では、頼んだぞえ?」
さっさと用件を伝えて踵を返そうとしたセルネであったが、コンコン、と扉をノックする音が聞こえ思わずその場に立ち止まってしまう。
「誰じゃ? 入って参れ」
「…では、お邪魔しますよ。セルネさん、こちらにいらっしゃいましたか」
ゆっくりと扉が開いてそこから姿を現したのは、青紫色の長い髪をなびかせたオッドアイの青年。
どうやらセルネとも知り合いのようだが、セルネは彼の顔を目の当たりにするなり何処と無く浮かない表情。
「…何じゃ、お主か。出来ればお主の顔は見とう無かったのう」
「おやおや、随分と釣れないのですね。私はちょっと言伝を頼まれただけですから、すぐに立ち去りますよ」
「そうか、ではさっさと言伝とやらを申して去るが良い」
いつも以上に冷たい態度を取るセルネに対し、青年はにこにこと微笑みを浮かべながらまるでセルネをおちょくるような態度。
一方、青年に見覚えの無いシノアは、2人のやり取りを不思議そうに首を傾げながら傍観していた。
「あ、あの…セルネ様、こちらの方は…?」
「む? 何を呑気な事を申して居るのじゃ、こやつはお主の雇い主のようなものじゃぞ?」
「雇い主? …あ、もしかして…」
「…全く、ようやく分かったか。こやつこそフェルナント国王子、ロゼルタじゃ」
セルネの言葉でようやくピンと来たらしいシノアは合点がいったものの、自分がとてつもない無礼を働いてしまった事に今更ながら気づいてみるみる顔色が真っ青になってゆく。