第6話
(どどど、どうしよう…っ!? 勝手に部屋に入ったってバレたら、色々不味いよね…?)
不意に現れた来訪者に、シノアの動揺は最高潮に達する。
バクバクと脈打つ心臓を何とか抑えようと悪戦苦闘する中、どうしたものかと思案を巡らせる。
今この部屋から出ようとしても、来訪者と鉢合わせする羽目になるのは必至な為それは得策ではない。
だとすれば、自分の取るべき道は一つ──…!
(此処ならバレない…よね?)
片隅に置かれたテーブルの裏に座り込み、隠れて何とかこの場を凌ごうと思ったらしい。
一方、複数の足音はさらにこちらに近づいてくるようであった。
「……っ!」
これ以上近づかないでくれ…! そう心の中で祈りつつ、じっと身を潜めて事の成り行きを見守るシノア。
足音はシノアの存在には気づいていないようで、ある程度の所で立ち止まると、ぼそぼそと話し声のようなものが聞こえてきた。
とりあえず自分の存在がバレていない事にホッと安堵の息を吐きつつ、何気なく聞こえてくる会話に耳をそばだててみる。
どうやら部屋にやってきた人物は2人、声の高さからいっておそらくどちらも男性であろうか。
しかし、まるで密談でもしているかのように小声で話す為、シノアの耳にはおぼろげにしか聞こえない。
途切れ途切れで、話が一向に見えてこなかった。
「……時間が……」
「……あと一つで、……探す……」
一体、何の話をしているのだろうか。
もう少し彼らの傍に近寄れば声も聞こえるかもしれないが、そんな危険を冒してまで声を聞く必要も無いとシノアは判断したらしい。
それから何回か会話のやり取りがあったものの、話す事はもう無いのか一瞬の沈黙の後、再び足音が聞こえてきた。
足音はどんどん遠ざかっていく為、おそらくは部屋を出て行ったのだろう。
それでも尚、息を殺して人物達が部屋から遠ざかるまで身を潜めるシノア。
ようやく足音が聞こえなくなると、やっと生きた心地がする…とでも言わんばかりに深々と息を吐いてみせた。
「……ふぅ、危なかった…。もう、出ても大丈夫だよね…?」
一応辺りを見渡して誰も居ない事を確認してから立ち上がり、ぐっと背伸びをしてみせる。
見つからなかったのは良かったものの、シノアの脳裏を過ぎるのは先程の人物達と、彼らの会話の内容。
「今の人達、誰だったんだろう…? それに、何の話してたのかもさっぱりだし。時間がどうとか、探すだの何だのって…変なの」
しかし、幾ら考えた所で詮無き事。
さっさと気持ちを切り替えると、そういえば自分は掃除をする途中だったという事を思い出した。
「あ、いけない…! 早く行かないと怒られちゃう…!」
ハッとなって慌てて部屋から飛び出すと、丁度廊下を歩いていた人物とあわやぶつかってしまいそうになった。
ギリギリの所で足を止め、ぶつかる事だけは何とか避けられたようだが。
「こら、飛び出すでない、危ないじゃろうが……って何じゃ、シノアか」
「…あ、セルネ様…」
廊下を歩いていた人物とは、セルネだったようだ。
セルネはやれやれ、と大袈裟に溜め息を吐いてから、不思議そうな眼差しをシノアに向ける。
「そういえばお主…何故こんな部屋から出てきたのじゃ?」
「え? えーっと、深い意味は無いんですけど…ちょっと、フラッと。…あ、この部屋が何なのか、セルネ様はご存じですか?」
折角だから部屋の持ち主でも聞いて見ようかと、セルネに問い掛けるシノア。
しかし、セルネからの返答は、彼を満足させる事は出来なかったようだ。
「いや、妾は知らぬぞよ。おそらく妾の他の宮廷魔術師か…空き部屋が物置じゃろうて」
「そ、そうですか…あ、そうだ! セルネ様、大広間って何処にあるんでしたっけ? 僕、迷子になってしまいまして…」
「迷子? お主何をやっておるのじゃ? 阿呆じゃのう。仕方ない、妾が連れて行ってやろうぞ」
「ありがとうございますっ! お手数かけます」
セルネの呆れ果てたような視線が突き刺さるようであったが、弁解も反論も出来ないシノアは恐縮するばかり。
こうして、セルネのお陰もあってか無事大広間に辿り着けたようであった。