第4話
「ねぇ…貴方、ちょっといいかしら?」
「……へっ? あ、僕の事?」
「勿論、他に誰も居ないじゃない」
思わず声のする方へと振り返れば、そこにはこげ茶色の髪をおかっぱにした、シノアとさほど年の変わらないメイド姿の少女が視界に映り込んだ。
思わずビクッと肩を震わせて自分を指差すも、そこまで警戒する必要も無いだろうと思い努めて冷静に振る舞おうとするシノア。
「貴方、今日から配属されたメイドよね? もうセルネ様の所には行ったんでしょう?」
「あ…うん。最初だから挨拶しにだけ…なんて思ってたんだけど、いきなりあれこれ頼まれて吃驚しちゃいましたよ…」
「ああ…貴方もセルネ様の洗礼受けちゃったかー。あの方、いつもあんな調子なのよ。いきなり無理難題押し付けて相手の行動を観察する。それで、今後使えるかどうか判断してるみたいよ」
「成程…そうだったんですか。それなら何か納得…」
メイドの少女の説明にようやく合点がいったらしく、ふむふむ、と頷くシノア。
納得は出来るものの、何か試されたような気がしてあまりいい気分はしないものである。
どうやらセルネという宮廷魔術師、一筋縄ではいかない相手のようだ。
「油断してるとセルネ様の言い様に振り回されるから、貴方も気をつけた方がいいわよ?」
「振り回される…か。ははは、それならいつも慣れてるし…」
シノアが真っ先に思い浮かぶのは、自分の片割れとでも言うべき唯一の肉親の姿。
そもそも、元を正せば自分がこんな所に行く羽目になったのも彼女のせいだっけ…と改めて思い出せば、どっと疲労感が増してくるものだ。
「……ん? 何か言った?」
「あっ…ううん、何でも無いですっ」
きょとんと首を傾げるメイドの少女に、慌てて手をぶんぶん振って取り繕うシノア。
彼女はそれ以上追及するつもりはないようで、早速話題を切り替えた。
「…あ、言い忘れてたけど私ユニスっていうの。分からない事があったら何でも聞いてね? これから宜しく」
「へっ? あ、うん…宜しく。ぼくは…えっと、ユトナっていいます」
メイドの少女──ユニスににっこりと微笑まれて、シノアの胸が一気にトクン、と高鳴る。
可愛い、これがシノアの脳裏に思い浮かんだ純粋な感想であった。
彼女と一緒に仕事するのなら、メイドもまぁ悪くないかも…そんな考えがふと脳裏を過ぎるシノアであった。
「そうそう、すぐそこにメイド達が使ってる休憩所があるの。折角だから案内するね」
「休憩所…? ありがとう」
ユニスに手を引かれ、休憩所へと足を運ぶシノア。
扉を開ければ中はテーブルに椅子、ソファと必要最低限のものしか置いておらず殺風景、の一言に尽きた。
室内にはすでに数人のメイドが休憩中らしく、まったりと寛いでいるようであった。
「ユニス、お帰り~…ってあら? その子は?」
「ただいま~。うん、彼女はユトナっていって…今日から配属される事になったメイドだそうよ」
「あ…ユトナっていいます。これから宜しくお願いします」
メイド達の視線が一気にシノアへと注がれる。
元々人見知りの激しい性格な上、普段これだけの女性から視線を浴びる事も無かったシノアは、緊張のあまり心臓が口から飛び出しそうなくらいだ。
挨拶はこれで大丈夫だっただろうか?
若しかして、誰か自分が男だと見抜いているのではないか?
心配性な性格が災いして、次から次へと不安の種が湧いて出てくる始末。
しかし、これから繰り広げられるであろうメイド達の行動に、シノアの不安は一気に吹き飛ばされる事となる。
これが彼にとって幸か不幸か──それは定かではないが。
「あら~大人しくて可愛いわね貴方、これから宜しく~」
「ねぇねぇ、騎士団の人達にはもう会った? 絶対お気に入りのイケメン見つかるわよ~。貴方、どんな人がタイプなの?」
「恋人はいるの? 若しくは目ぼしい人とかいる? 此処のお城、結構男のレベル高いのよね~、イケメン多いし。そういえば、前見かけた執事にすっごいイケメンがいたのよ」
「あ、その人私も知ってる~! 本当すっごいイケメンよね~、清潔感あるし」
「え? えぇ? ちょっ、待っ…」
最早、シノアの返答などお構いなしに勝手に世間話に花を咲かせるメイド達。
此処までのマシンガントークを炸裂されて、シノアの脳では処理し切れないようだ。
目をあちこちに泳がせながら、何とかメイド達の話を脳内で纏めようとするだけで精一杯。
だが、メイド達はシノアの混乱にまるで気づいておらず、それから暫くきゃっきゃと盛り上がっていた。
女の園というのも、楽では無い…シノアはそんな事をぼんやり思っていたのだとか。