第17話
反射的にユトナが振り返った視界の先に映り込んだのは、騎士と同じく鮮やかな黄緑色。
…そう、黄緑色の髪を持つ青年──キーゼだ。
一方、キーゼの視界にユトナの姿は映ってはいるものの彼の関心からは全く外れてしまっているようで。
それもその筈、キーゼの眼差しは目の前に佇む騎士を捉えて離さないからだ。
「おう、キーゼじゃねーか……って、今のどういう事だよ、兄貴って…」
「…これはこれは。優秀なお兄様の凱旋に立ち合えるとはなぁ」
ユトナの問いかけを無視し──むしろ彼女の声すらキーゼの耳には届いていなかったのかもしれないが──目の前の騎士に嫌味に近い言葉をぶつけるキーゼ。
しかし、騎士といえば眉一つ動かすことはなく、むしろいつもの事、と言わんばかりの落ち着き払った様子だ。
「全く…キーゼ、お前もいずれは私と同じ所に立つ事は約束されているのだ。何時までも訳の分からない所で油を売っていないで、少しはスクード家としての自覚を持ったらどうだ」
「へーへー、わーってるって。ってか、マジレスするとおれがいなくても、兄貴の方がよっぽど強いんだから問題なくね? おれは権力とか騎士とか全然興味無いし、そもそも向いてないと思うんだよなー」
「そういう問題では無い。由緒正しき家に生まれてきた者には、それなりの責任があるという事だ。父上も母上もお前の事は心配している、少しは親孝行でもしてみろ」
「…親孝行ねぇ…だが断る。大体めんどいし、そこら辺も兄貴がちゃちゃっとやっといてくれよ」
まるでウナギのようにぬるぬる掴み所がなく、するりと抜けてしまう弟を何とかその手に捉えようとあれこれ言葉を買える騎士。
しかし、キーゼの態度といえば相変わらずだ。
こうした問答が無意味と悟ったのか、先に折れたのは騎士の方であった。
「全く…お前と話しているといつもこうだ、埒が開かない。ともかく…今は自分に課せられた役目を全うする事だ。…良いな?」
「…ま、気が向いたらな」
相変わらずするりと躱してしまうキーゼに心底落胆したのか、騎士は盛大に溜め息をついてみせると先程ユトナと言い争いをしていた騎士を伴いその場を立ち去った。
後に残されたのは、ユトナとキーゼの2人だけ。
実の兄の背中を見送り、ほんの僅かではあるが安堵の表情を浮かべるキーゼをよそに、不満を爆発させたのはユトナであった。
「オイコラテメェ、無視すんじゃねーよ! さっきのあの偉そうな騎士、オマエの兄貴なのかよ?」
今にも胸ぐらを掴みそうなユトナの存在をようやく認識したらしく、キーゼは一瞬驚いたように目を丸くしてから再びいつもの気の抜けた笑みを浮かべてみせた。
「…あぁ。凄いだろーあの兄貴、次期騎士団長とまで言われてる程の敏腕だよ。実際化け物みたいに強いし頭も切れるし、おまけに人格者ときてる。まさに非の打ち所が無いって奴だ」
「ふーん…確かに、何かオーラが違ったもんな。オマエ、弟なんだろ? …やっぱ、ライバル意識とかあんのか?」
「無いってそんなん。あまりにも向こうが凄すぎて、対抗しようとも思わないし。…兄貴の事は、純粋に凄いと思ってるよ。おれには到底真似できねぇよ、あの人の生き方は」
そう言い切るキーゼの眼差しに諦めと達観の色が浮かんだのは、気のせいではあるまい。
すると、不意にユトナに向き直るなりさらに言葉を続けた。
「…確かシノアには言ってなかったけど、おれの一族…謂わば超エリート的な名門騎士一家なんだよ。国からの信頼も厚いし、兄貴も親父もじっちゃんもそのまたじっちゃんも皆、騎士として勤め上げてる。だから当然、おれにも騎士としてのレールが用意されてる訳で。…別に、それが嫌って訳じゃない。家族の事は大切に思ってるし、騎士ってのも案外悪くないし」
キーゼはそこで一旦言葉を切ると、胸の奧に凝り固まったどろどろとした感情を吐き出すようにゆっくりと口を開く。
もはや、ユトナに自分の身の上話をするつもりではなく…只単に、自分の気持ちを吐き出してすっきりしたかっただけなのかもしれない。
「…でも、おれには騎士は向いてないと思うんだよな。高尚な使命感がある訳でもなく、ガキの頃から武芸を習ってきたけどさっぱり上達しないし。でも、家族を裏切る訳にも行かない。どっち付かずで結局、のらりくらりとそれっぽい部隊に潜り込んでこうしてテキトーにやってるって訳」




