第16話
そんなある意味不毛な会話を繰り返していた一同であったが、何を思ったのかユトナが勢い良く立ち上がると、ずかずかと大股で何処かへ歩き出そうとしてしまった。
「シノア…? ちょ、何処行くんだよ?」
「ちょっとその辺で身体動かしてくる。こんな事でクダ巻いてたら身体が腐っちまいそうだぜ」
慌てて声をかけるセオを顧みる事無くつっけんどんにそう言い捨てると、そのままずかずかと立ち止まることなく立ち去っていってしまった。
どうしたものかとおろおろするセオをよそに、キーゼは何処吹く風。
「本当シノアは血気盛んというか、元気だよな~。おれにあんな気力はねぇわ。とりあえず、そこら辺で身体動かして発散してくりゃ落ち着くだろ」
「う~ん、そうだといいんだけど…」
その一方で、後先考えずに飛び出したはいいもののどうしたものかと思案を巡らせるユトナ。
しかし、元来思考を重ねる事が大の苦手であるユトナは、あれこれややこしく考えるのはものの数秒で諦めたようだ。
「うだうだ考えてもしょうがねーし、稽古でも出来そうな場所が……おわっ!?」
物思いに耽っていたのが災いしてか、前方をきちんと見ていなかったせいで丁度曲がり角からやってきた数人の集団と鉢合わせになってしまった挙句派手にぶつかってしまった様子。
そのまま勢い余って転びそうになるものの、そこは天性の野性的な反射神経でバランスを持直し、何とかその場に踏み留まった。
「ってーなぁ…何処見て歩いてんだよ!」
先程から鬱憤が溜まっていたせいもあって、八つ当たりにも近い形で食って掛かるユトナ。
…が、喧嘩を売った相手があまりにも悪すぎた事に、今の彼女が知る由も無かった。
「…何だ貴様は、無礼者が! 我らが騎士団と知っての狼藉か!?」
威圧的且つ不機嫌そうな眼差しが、ユトナの身体を突き抜けてゆく。
やたらと上から見下すような、不快感を催さずにはいられない視線。
高価そうな胸当てや足具、小手を身に纏い、マントを翻す姿はまさに騎士。
どうやらかなり身分の高い騎士のようだ。
ユトナ達が所属している、所謂若輩者の寄せ集めのような部隊とは違い、高貴な出自で実力も兼ね備えた者達を集めた精鋭部隊の騎士であろう。
おそらくは、盗賊討伐の命を受けた部隊──…。
「はぁ? 知ってるも何も、オレも騎士なんだよ。何かオマエ、如何にも育ちの良さそうなお坊ちゃんって感じだし…盗賊団討伐の任務受けた部隊の奴か?」
「如何にも。…フン、しかし貴様のような下賤な者が騎士とはな。フェルナント騎士団も堕ちたものだ。…まぁ、所詮大した任務も与えられぬ、末端の部隊だろうが…」
「……っ! すかしてんじゃねーよ、誰が下賤だふざけんなッ!」
騎士の上から見下ろすような眼差しと安っぽい挑発にまんまと乗ってしまったらしく、一気にやかんが沸騰したかのように激高するユトナ。
今にも飛び掛からんばかりの勢いであったが、そんな一触即発な状態を制したのは意外な声であった。
「…2人共、止めないか。…貴殿も、火に油を注ぐような事を言うな。大人げないぞ」
突如2人に降り注ぐ、威厳のある落ち着いた低い声。
すると、今まであれだけユトナを小馬鹿にしたような態度を取っていた騎士が手のひらを返したように大人しくなると、深々と頭を下げてみせた。
「…はっ、申し訳御座いません。私とした事が、取り乱してしまいまして…」
声と共にユトナの前に姿を現したのは、齢30歳程の精悍な体躯を持つ男性であった。
逞しい肉体からは力強さと共に威厳さえも感じられ、かなりの重量はあるであろうプレートアーマーを軽々と着こなしていた。
そして、何よりもユトナの心を惹いたのは彼の双眸であろう。
獰猛な獣のように鋭く燃え上がるような雰囲気の裏に、何処か深い海のような静けさと優しさに満ち溢れていて。
そのアンバランスさが、さらにユトナの興味を惹き付けたようだ。
「まぁ良い。…ところで、貴殿も騎士なのだな?」
「…へ? ああ、そうだけど…」
「騎士ならば、目先の事に囚われてはいけない。冷静さを失えば、自分だけでは無く仲間の命さえ危険に晒してしまう事になるのだから。それに…まだまだ貴殿は若く、経験も浅いであろう。だが、粗削りながらも光るものを持っていると私は思うよ。腐らず頑張りなさい」
「あ、ああ…そりゃどーも」
諭すような、やんわり窘めるような口調に、ユトナも先程までの威勢の良さは何処へやら。
一応誉められたのだと解釈し、満更でも無いとポリポリ頭を掻いてみせた。
チラリと男性を一瞥すれば、この体型と身に着けた鎧から彼が騎士である事は明白。
…否、問題はそこではなく…彼の鮮やかな黄緑色の髪色であった。
何処かで見た事があるような──否、何処かどころの騒ぎでは無い。
そう、つい先程──…
「…シノア? 何やってんだ? ……っ、てか、何で兄貴が此処に…」