第15話
──王子と騎士の、ある意味運命的で衝撃的な出会いから数日経った後の事。
街に隣接する湖は広大な広さを誇り、澄み切った水面は静かで美しく様々な生物を育んでいる。
波一つ立たない水面は落ち着き払っており、時折魚を狙う鳥や飛び跳ねる魚がその水面を揺らすばかり。
空を仰ぎ見れば穏やかな日差しが燦々と降り注ぎ、風はなく空気は爽やかでまさに出かけるには絶好の気候。
そんな穏やかな天気に誘われるように湖の畔に現れた、三つの影。
「いや~今日はガチで最高の釣り日和じゃね?」
ほんわか緩みきったのほほんとした表情で釣竿を湖に垂らすのは、キーゼだ。
彼の隣に座るセオも、何とも言えない表情で無理矢理引きつったようなぎこちない笑顔を向けた。
「まぁ確かに…こんなにいい天気になるのは久しぶりだよな」
「だろ~? こういう日はまったり釣りに限るだろJK」
「……って、呑気に釣りしてる場合じゃねぇだろうがああああぁっ!」
まったりほんわかした雰囲気を一刀両断するように放たれた、心の奥底から絞り出した怒りの叫び。
キーゼがきょとんとして視線をずらした先には、鼻息荒く頭から湯気が出んばかりの勢いのユトナの姿が映り込む。
しかし、何故ユトナがそんなに憤慨するのか理解出来ないらしいキーゼは、
「どーしたよシノア、最近カルシウム足りないんじゃね? 上手い魚釣ったら、シノアにも食わせてやるっつっただろ?」
「え、ホントにくれんのかよ…って、そうじゃねーよっ! 何でオレ達がこんなのほほんとしてなきゃなんねーんだよ!?」
「何でって…そういう運命だから?」
「ンな訳ねーだろ! 大体オレ達は、任務の為に此処に来たんだろうがよ」
フンガーと勢い良くまくし立てる度に、ユトナの怒りのボルテージがあがっているような気がしなくもない。
そんなユトナの気を静めてもらおうと、仲裁に入ったのはセオであった。
「まぁまぁ、ユ…じゃなかったシノア、とりあえず落ちつきなって。コレも一応任務なんだし、何も前線で戦う事だけが騎士の任務じゃないんだよ」
「ンな事は分かってんだよ、けど、幾ら何でも暇すぎんだろーが。見ろよこの状況、街の警備とか言っておきながら、実質やってんの釣りぐれぇだぞ!」
反論しながら怒りがこみあげてきたユトナは、怒りをぶちまけるように眼前に広がる湖を指差す。
だが、ユトナが此処まで怒るのもある意味無理はないだろう。
何しろ、一同が命ぜられた任務とはとある街の警備。
しかし、任務とは名ばかりで実際このように暇を持て余しているに過ぎない。
だが、それもその筈。
本来の任務はこの地域を荒らし回っている盗賊団の壊滅なのだ。
この盗賊団はかなりの力を貯えており、また相当の実力も兼ね備えているためその壊滅に当たった騎士もそれなりの精鋭を揃えようという事になったのだ。
故に壊滅の任務に当たったのは騎士団の中でも精鋭部隊、セオ達の部隊は彼らのサポートに向かうよう命ぜられた。
その結果が、今こうして警備という名の暇潰しをしているという現実だ。
ちなみに、ネクトは別の任務を言い渡され彼らとは別行動している。
「あ~あ…いいよなぁ盗賊団の壊滅の任務…。オレも思いっきり暴れてー」
「いやはや、若いねぇシノアは。わざわざ自らめんどくさい事する必要もねぇだろ? こうしてテキトーに警備してりゃ、それで任務完了なんだしさ」
「つーか、オマエが枯れすぎなだけだろ。隠居してるじーさんかよオマエは」
「いいねぇ隠居、おれも隠居したいよガチで」
のらりくらりと煮え切らない態度のキーゼに呆れた様子で珍しく突っ込みを入れるユトナ。
目の前のいるぐうたら男の内心を理解できず、ユトナは眉間に皺を深く刻み込ませた。
「前から思ってたんだけどよ、何でオマエ騎士になったんだよ? いつもだるそうだし、自分の意志で騎士になったにしちゃ、やる気ゼロだよな」
「……、いや~おれにも格好いい騎士サマに憧れてた少年時代があってだな」
「ホントかよソレ?」
「本当かもしれないし嘘かもしれないし、さぁどっちだろうな~?」
結局は、キーゼの煮え切らない態度で煙に撒かれてしまった気がしないでもない。
だが、ユトナの問いかけに一瞬キーゼの表情が曇った事に気付いた者は誰もいなかった。




