第14話
「大変申し訳ありません、申し遅れました…私、ロゼルタ=セラ=フェルナントと申します。以後よしなに…」
そして極上の微笑み。
一方、驚愕が最高潮に達したユトナは、金魚のように口をパクパクさせるばかり。
「は…はぁぁぁっ!? お、オマエ…王子だったのかよ…?」
「はい、そうで御座いますよ」
「いや、サクッと認めてんじゃねーよオマエはっ! だったら何で最初から教えてくんなかったんだよ!?」
「貴方が王子…即ち私を探しているのを知っておりましたからね。逃げているのにわざわざ私は此処に居ますよ、と教える馬鹿が居ますか?」
「……いねーな、確かに…」
「そういう事です。物分りが良くて助かりますよ」
確かに理屈は分かる。青年…もといロゼルタの言いたい事も分かる。
しかし、胸の奥に巣食うこの何ともしがたい苛立ちと理不尽さはどうしたらいいものか。
そんな内心がユトナにロゼルタを睨み付ける、という行為を行わせる。
しかし、ユトナの鋭い視線を目の当たりにしても、ロゼルタは何処吹く風。
「おやおや、こちらとしては互いにメリットのある条件を提示したというのに…そんなにお気に召しませんでした? でしたら、今回の交渉は無かったという事にしても構いませんよ。その代わり、うっかり口が滑って貴方が女性だという事を漏らしてしまうかもしれませんね?」
「ちょ…おいっ、遠回しにオレを脅すつもりか!?」
「いえいえ、脅すなんて人聞きの悪い。悪気は無くうっかり喋ってしまう事ってあるでしょう? そもそも、貴方にとって悪い話では無いでしょう? ただ、今回私の事を見逃して下さるだけで構わないのですから」
全く持って悪びれる様子も無く、その上満面の爽やかスマイルを浮かべるロゼルタ。
此処までぐうの音もでないくらい叩きのめされてしまえば、ユトナの取る選択はたった一つしか残されていなかった。
「~~っ、分かったよ、見逃しゃいいんだろ見逃せばっ! その代わりオマエ、絶対オレが女だってバラすんじゃねーぞ!?」
「ふふ、これで交渉成立、ですね。勿論、約束は守りますよ。大体、貴方が女性だと言いふらした所で、私自身には何の利害も発生しないのですからね」
渋々、という表現がしっくりくる程苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらロゼルタの提案に乗るユトナ。
一方、ユトナが断る筈がないと確信していたロゼルタは、満足そうに微笑みを湛えるばかりであった。
ユトナが此処まで不満を露にするのは、ロゼルタの手のひらで転がされているこの状況が気に入らないというのと、あっさり男装がバレてしまった事に対する何とも言えない苛立ちによるもの。
そもそも、ロゼルタが自分にお茶を掛けなければこんな事にならなかったのに…と思うと、自然とふつふつと怒りが湧いて来るものだ。
沸点が低くて思った事をすぐに口にしてしまうユトナが、彼に対して罵声をあびせない筈が無かった。
「ちぇっ、絶対バレねー自信あったのにな…。ってか、そもそもオマエがオレに茶ぶっかけなけりゃこんな事にはなんなかったんだぜ!? それに、人が着替えてんのにノックもしねーで部屋に入ってくるし…全部オマエのせいなんだからな!」
「…クスッ、それは貴方の脇が甘いからでは無いのですか? それに…我ながら、こんなに上手く行くとは思いませんでしたよ」
含み笑いを浮かべるロゼルタの姿がとてつもなく怪しいのだが、それよりも気になる事があったのか首を傾げるユトナ。
「……? 上手く行く…?」
「おや? まだ気づいておられないのですか? まさか私が、お茶をかけるだなんてドジっ子みたいな事を本気でする訳が無いでしょう? …初めてお会いした時から、貴方が何か隠しているのではないかと言う疑念は有りましたよ。ですが、なかなか確認する術も無かったので…多少強引な手段を取らせて頂きました」
此処までネタばらしされて、流石のユトナもロゼルタの企みに気づいたようだ。
次第にわなわなと肩を震わせていたが、その直後にあっさり堪忍袋の緒が切れたらしく大爆発した。
「オ~マ~エ~! 最初っから全部仕組まれてたって事かよ!? ちっくしょー、オマエの手のひらで踊らされたようですっげームカつくっ! オマエコラっ、一発殴らせろっ!」
「疑念が晴れてすっきりしたし、持ちつ持たれつつの関係も築けたし、一石二鳥でしたね。おや、何を怒る事があるのです?」
「怒るに決まってんだろーがゴルァ! よくもオレを騙しやがって!」
「…ああ、そんな事を怒っているのですか。言うでしょう? 騙される方が悪い、って」
「ンな訳ねーだろーがっ!」
ユトナの怒声が響き渡る中、彼女を怒らせた張本人であるロゼルタは何処吹く風で飄々とした態度を崩さない。
その後、ユトナの怒りが収まるまで小一時間程かかったのは言うまでもない。
こうして、王子と騎士の、ちょっと歪で不思議な関係が始まったのである。