第12話
…と、そんな他愛も無い話をしていた所、ユトナの背後から青年の声が降り注ぐ。
「おや、盛り上がってらっしゃるようですね。お茶が入りましたのでどうぞ」
「おう、悪いな………っあちぃっ!」
聞こえてきた声に思わず振り返ってみれば、そこにはティーカップとポットを並べたお盆を手にした青年の姿。
振り返って応答しようとするものの、ユトナの声へ悲鳴へと変化を遂げてしまう。
しかし、それも無理は無い。
青年が手を滑らせてお盆をひっくり返し、ポットに入っていたお湯をユトナにぶちまけてしまったのだから。
場の空気は一気に騒然としたものに変わり、青年もまた驚きと済まなさが入り混じったような表情を浮かべつつユトナの元に駆け寄った。
「す、すみません…! 大丈夫ですか、火傷はしていませんか?」
「あっちーけど…多分火傷はしてねーと思う。あーあ、服がびしょびしょだぜ」
「本当に申し訳ないです…私がうっかり手を滑らせてしまったばっかりに…」
「いいって、わざとじゃねーだろうし気にすんなよ」
おろおろしながら謝罪の言葉をひたすら口にする青年。
胸から腰の辺りにまでお湯がかかってしまったようで、服がぐっしょり濡れてしまい思わず不満そうな声を上げるユトナ。
すると、傍に居た娼婦が助け船を出した。
「大丈夫かい? 騎士さん。どっちにしろ、こんなずぶ濡れの服をいつまでも着てる訳にもいかないねぇ。確か念のため、男物の服も置いてあるからそれを貸してやるよ。ちょいとアンタ、着替え持ってきておくれ」
「わ、分かりました姐さん」
てきぱきと若い娼婦に指示を送り、すぐさま指示を受けた若い娼婦は部屋の片隅に置いてあったタンスから男物の服を取り出しユトナの為にと持ってきてくれた。
ユトナは安堵の息を吐きつつ、しかしすぐに新たな危機が自らに迫ってきている事を悟る。
(や、やべー…! 此処で着替えたら皆にオレが女だってバレちまう…!)
ユトナの不安の通り、服を脱げばすぐさま彼女が女だという事がばれてしまうだろう。
いくらユトナの体形があまり凹凸が無いものとはいえ、胸にサラシを撒いていれば流石に誰でも気づくに違いない。
着替えを手にしたままどうしたものかと視線を泳がせるユトナに気づいたのか、娼婦が気を効かせてこう切り出した。
「流石に皆の見てる前じゃ着替えづらいよねぇ。確かあっちの方に空き部屋があるから、そこで着替えるといいさね」
「ま、マジか!? よっしゃ、助かった~。そんじゃ遠慮なく借りるぜ」
まさに天の助け、と言わんばかりに二つ返事をすれば、娼婦が指さした部屋へと一目散に向かうユトナ。
すぐさま扉を閉めてようやく1人だけの空間に安堵しつつ、まだ冷めきっておらず熱さの残る服を脱ぎ捨て上半身はサラシを撒いただけの姿になった。
「…ふぅ、助かったぜ…。にしても、まさかお湯ぶっ掛けられるとは思わなかったぜ。ま、向こうも悪気は無かったみてーだけど…」
何にせよ、娼婦達には自分が女だと全く悟られていないようだったし、何より着替えを誰にも見られなかったのは運が良かったというより他ならない。
最悪、ずぶ濡れの服を着たまま何とか凌ごうとも考えていたが、着替えまで用意してくれたのは有り難い事である。
そんな事を思いつつ、何時までもサラシの格好のままでもどうかと思いすぐに着替えようと着替えに手を伸ばすユトナ。
しかし、彼女はまだ知らない。
彼女のすぐ背後に、危機がひたひたと迫り来ている事に…。
「…って、呑気にしてる場合じゃねーな、流石にこのカッコのままじゃ落ち着かねーし、さっさと着替えようっと」
もしユトナを男性と見るならかなり体格は小さい方なので、借りた衣装では少々ぶかぶかになってしまいそうだが、この際贅沢は言ってられない。
早速借りた服を借りようとした刹那、いきなり扉が開く音がした…ような気がした。
「随分時間がかかっているようですが…何か手間取っているのですか?」
「…………へ?」
不意に背後から降り注ぐ声、反射的に背後を振り返るユトナ。
刹那、凍り付いたようにその場の空気が固まった。