第11話
「良かった…! 無事に戻ってこれたんだねぇ…アンタが鏡の中に入っちまった時は、本当にどうなる事かと思ったよ」
ユトナの傍に1人の娼婦が駆け寄り、感極まって涙が溢れそうになるのを必死に堪えながら声を上げる。
そして、鏡に閉じ込められていた娼婦も無事に戻ってこれたようで、ようやく自分の肉体へと魂が宿りゆっくりとソファから起き上がり、他の娼婦達から温かく迎え入れられていた。
「当たり前だろ? オレはゆうげんじっこーだしな。娼婦さんもちゃんと助けてきたぜ」
へへん、とやたらと胸を張りながら満足げに言葉を返すユトナ。
すると、そんなユトナの背後から青年の声が降り注いだ。
「いやはや…本当に驚きましたよ。まさか本当に娼婦を助けて戻ってこれるだなんて…。貴方、只の頭弱そうな阿呆かと思ってましたけど、見直しましたよ」
「……オイてめー、サラッとオレの事誉めてんのか貶してんのか、どっちだ?」
「さぁ、どちらでしょうね? ご想像にお任せしますよ」
さりげなく小馬鹿にされているのではないかと察し、ジト目で青年を睨み付けるとユトナであったが、青年はにこにこ微笑むだけでまるで動じていない模様。
絶対コイツわざとだ…! と内心悪態をつきつつ、娼婦を無事に助け出した今此処に居る必要性は無いと判断したユトナは、こう切り出した。
「とりあえず、あの鏡は後でちゃんと処分した方がいいと思うぜ。魔物自体は、倒した訳じゃねーからな。さーてと、任務がまだ手つかずだし…オレはそろそろ行くからな」
「え、もう行くのかい? そんなに急がなくてもいいじゃないか、アンタにはお礼もしたいし…せめてお茶くらい飲んで行ってくれよ」
「…へっ? いや、オレは別に…」
「遠慮すんじゃないよ。…あ、アタシらとしてはお礼に夜伽をしても構わないよ?」
「いっ、いやいやいや、それこそ遠慮しとくからっ!」
娼婦達にずいずい、と迫られてしどろもどろになるユトナ。
男装はしているものの、勿論ユトナに女性とそういう事をする趣味は無い。
故に、何とかそれを悟られないようにして必死に丁重に断ったようだ。
すると、娼婦は少々残念そうにするものの、
「そうかい? まぁそれはともかく、お茶くらいは用意するからさ。ちょっとそこらへんの椅子に座って待っといてくれよ」
と一方的に話を進めると、未だうろたえているユトナの背中を押して半ば無理やりに椅子に座らせた。
そして娼婦はお茶を用意しようとキッチンに向かおうとしたのだが、その途中で青年に呼び止められたのだった。
「あ…それでしたら私も手伝いますよ。騎士さんには私も感謝の意をお伝えしたいですし。それに、女性のお手伝いをするのは当然の事ですから」
「あらいやだ、お客さんにまで手伝って貰うのもねぇ…。けど、そう言ってくれるならお願いしようかねぇ」
女性を虜にするような甘い微笑みに骨抜きにされてしまったのか、娼婦は一旦断るものの結局は頼む事にしたらしい。
娼婦と青年がキッチンに消えてから、手持無沙汰になってしまったユトナはぼんやりと鏡の中で起きた出来事を脳裏に思い浮かべる。
(そういや、あの時…何か変な感じだったよな)
あの時と言うのは、魔耀石を破壊しようと魔物に向かって行った時の事。
ユトナの武器の切っ先が魔耀石に触れた途端、自分の胸の奥から何かが湧きあがる様に波打つのを感じた。
あれは一体、何だったのだろうか。
まるで、自分では知り得ぬ何かが自分の中に眠っているようで…一抹の不安さえ覚えてしまったくらいだ。
だが、そんな不安を払拭するかのように、ユトナはぎゅっときつく拳を握り締めた。
何はともあれ、魔物を退けて娼婦を助けられたのだからいいではないか、ユトナはそう結論付けたようだ。
「それにしても、騎士さんがいてくれて本当に助かったわ~。でも、若いし体格も小柄だし…ちょっと可愛い騎士さん、って感じよね」
「あー…オレも別件があって、たまたまこの辺りを通りがかってただけなんだけどな。…ってか、オレは別に可愛くねーよっ」
1人の若めの娼婦にそう言われ、些か恥ずかしそうに声を荒げるユトナ。
勿論娼婦のいう“可愛い”とは女性として可愛い、という意味では無いだろうが…それでも普段言われ慣れない言葉にうろたえてしまうらしい。