第2話
まるで鷹のような鋭い眼光に気圧されつつ、セオが意を決して口を開こうとした──その刹那。
「君は確か…今日から配属される事になったセオルーク=リゼンベルテだな?」
「あっはい、そうです! 申し訳ありません、集合時間に遅れてしまって…」
すかさず謝罪の言葉を口にすると、深々と頭を下げるセオ。
男性はそんなセオをまじまじと見つめていたが、次第に少しずつ表情が和らいでいった。
「…1人でも規律を守れん者がいれば、統率が乱れ周りに迷惑がかかる。1人のせいで、周りが共倒れする事もあるのだぞ? ……だが、本当に反省しているようだし…今日だけは大目に見てやろう。だが、二度目は無いぞ?」
「……! もちろん、もう遅刻なんてしませんっ。ありがとうございました」
思わず顔を上げると、そこには男性がニッと口角を吊り上げている姿が視界に映り込む。
おそらく、セオの実直な気持ちが男性に伝わったのだろう。
強面とは裏腹に、優しい一面も持ち合わせているようだ。
「申し遅れたが、私はマディック=ヒューズ=グローヴァー、この隊の隊長を務めさせて貰っている。これから説明を始める、君も配置につきなさい」
「はい、分かりました」
男性──マディックに促され、列の一番後ろに並ぶセオ。
すると、おもむろにマディックが口を開いた。
「皆に集まって貰ったのは、最近王都で多発してる事件を解決して貰いたいからだ。君達も、噂でも聞いた事は無いか?」
「あ…! そういえばあくまで噂なんですけど…最近、魂が抜けたみたいに無気力、無表情の人が増えているんだとか…。しかも、今まで元気だった人が、ある日突然」
躊躇いがちに手を挙げた騎士の1人が、以前何気なく耳にした噂話を口にする。
それを聞いたマディックは一つ頷くと、
「なるほど…やはり噂が広がっていたか。その噂は、概ね合っている。これは国の間でも極一部の人間しか知らん事なのだが…街の人々が無気力になっているのには、それなりの理由があるらしい」
途端、騎士達の間にどよめきが起こる。
セオも例外ではないらしく、目を見開いたまま驚愕の渦に叩き込まれていた。
「理由とは一体何なんですか?」
「ふむ…調べでは、どうやら夢魔の仕業らしい」
夢魔とは、この世界に存在する人ならざるもの。
見た目は人間に酷似しているが、尖った耳に頭に生えた2本の角、そして背中に蝙蝠のような翼を生やしている事が特徴だ。
また、不老長寿でもあり、人間より高い魔力を所持している。
夢魔は人間の夢を糧にしている為、食事にありつく為上手く人間の世界に溶け込んでいる者もいるが…。
「民家から飛び立つ女の夢魔の姿を見た者もいる。学者の間では、このような結論に至ったようだ。通常、夢魔は人間の夢を食らうが、中には人間の魂や感情を食らう変わり種もいて、今回の事件はそういった夢魔の仕業ではないかと」
「夢魔が、そんな事するなんて…」
思わず誰に話すでもなく、ポツリと独り言を漏らすセオ。
セオは今まで一度も夢魔と遭遇した経験が無い為、実際にどんな存在なのか実感が湧かないようであるが。
「通常、我ら人間と夢魔はそれなりに友好的な関係を築いているし、互いに不干渉な態度を取っている。だが、今回は見過ごせぬ事態だ。
王家から、犯人の夢魔を殲滅せよとの命が下った。故に、我らがこうして集められた訳だ」
──夢魔の殲滅。
それが此処に集められた騎士達…ひいてはセオに命ぜられた任務。
責務の重さをひしひしと感じながらも、ふと気になった事を問いかけるセオ。
「あの…犯人の特徴とかは?」
「ふむ…あまり目撃情報が少ないようでな。残念ながら、若い女の夢魔という事しか分かっていない」
「そうなんですか…。それでは、俺達は実際に王都に赴いて情報収集をしつつ、犯人を探し出すという訳ですね?」
「ああ。探し出すだけでなく…捕縛、若しくは殲滅まで行って貰う」