第8話
「オイコラ、何人の顔ジロジロ見てんだよ!?」
まるでどこぞのチンピラが威嚇するかのような口調と態度。
しかし、青年はそんなユトナの態度にもまるで動じる素振りは無く、
「貴方、フェルナント国の騎士でいらっしゃるのでしょう? ですから、どの程度の実力が見定めようかと思いまして…。私も騎士を探しに街中を探していたのですが、見つかりませんで…貴方はどうして花街を歩いていたのです?」
「見定めるって何だよ、オマエにオレの何が分かるってんだ。…べっ、別に好きで花街歩いてたわけじゃねーよ。城から抜け出した王子を探しに来たんだよ。…あ、そうだ、オマエ王子見なかったか? 多分オマエくらいの年で、オッドアイらしいけど」
「王子…ですか、それは御苦労様です。いえ…私も見ませんでしたね。兎も角、今は遊女さんを助けるのを手伝って下さるのでしょう?」
「何だ、やっぱいねーか…。ああ、それは勿論だぜ。イマイチ何が起こってんのかよく分かんねーけど…困ってる奴を放っておける訳ねーだろ」
どさくさ紛れに王子の所在を尋ねてみるも、やはり世の中そう上手くいかないと言うべきか。
青年にあっさり見ていないと言われ、一瞬がっくりと肩を落とすユトナであったが、娼館で起こっている怪事件解決に向けて協力する事にしたらしい。
「ほう…正義感に溢れる方のようですね。詳しい事情は、此処の皆さんに聞くといいでしょう」
青年はまるでユトナを値踏みすような言い方をすれば、話を促すように近くにいる娼婦に視線をずらす。
すると娼婦はハッとなってから、簡単にこう説明した。
「ああ、そうだねぇ…元々この鏡はさ、アタシ達の中で重宝されたのさ。どんな時でも決して曇る事無く自分の最も美しい姿が映る…まるで魔力でも宿ってんじゃないかって話さね。そんな訳で、皆がいつも使ってたんだけど…つい数時間くらい前の事さ、何時ものようにこの鏡で化粧してた子が、いきなり鏡の中に吸い込まれちまって…しかも今まで見た事もないような黒い霧まで映っててさ。勿論、何とかしようと思ったけど鏡の中になんて入れる訳も無く…だから困ってたのさ」
「へぇ、成程なぁ…ってか、そんな摩訶不思議な話もあるもんなんだな」
事態は思った以上に深刻で、流石のユトナも少々困惑しているらしい。
それでものらりくらりと鏡の前までやってくれば、おもむろに鏡に手を翳してみせた。
「けどさ、現に1人鏡の中に入っちまったんだから、もう一回誰かが入れてもおかしくはねー……ん?」
不意にユトナが怪訝そうな表情を浮かべる。
それもその筈、鏡が一瞬光ったかと思えば、翳した手がズブズブと鏡の中に引き込まれていったからだ。
流石にこの光景には、ユトナだけでなく他の一同も驚きを隠せない。
「どっ…どういう事だい? 幾らアタシ達が色々やっても、ビクともしなかったのに…!」
娼婦達の間にはどよめきが起こる。
青年もまた、一見落ち着き払ったような表情を見せるものの視線は鋭いものである。
しかし、張本人であるユトナは驚きと共に好奇心さえ覗かせているようで、どちらかと言えばはしゃいでいると言った方が近い。
そして満面の笑みを浮かべながら一同を見遣ると、
「な? だからオレが言った通りだったろ? よーっしゃ、これで閉じ込められた娼婦も助けられそうだぜ。そんな訳で、ちょっくら行ってくるぜ」
「ま…待ちなさい、戻ってこれる保証も無いのですよ? まずは様子を見た方が…」
「ンな呑気な事言ってる暇ねーだろ? 今だって閉じ込められた娼婦さんは苦しめられてんだし…それに、グダグダ考えんのも性に合わねーしな」
慌ててユトナを引き留めようとする青年であったが、ユトナはまるで聞く耳持たずといった様子。
彼女の眼には、すでに鏡の中に入って娼婦を助ける…その事しか映っていないのだろう。
「…そうですか。全く貴方は勇敢と言うか無謀と言うか…分かりました。私達は此処で無事を祈るしか出来ませんが…くれぐれもお気をつけて」
「おう、任しとけ!」
ニッと口角を吊り上げて晴れやかな笑みを浮かべたかと思えば、ゆっくりと腕を奥へと沈み込ませ鏡の世界へと入っていった。