第7話
「ちょっと待っておくれよ! お兄さん、アンタ騎士だよねぇ?」
「……へ? も、もしかしてオレの事か?」
「アンタに決まってるじゃないさ。他に誰が居るってんだい?」
いきなり声をかけられて振り返ってみれば、そこには胸元が大きく開いた艶やかなドレスを身に包んだ美女の姿。
おそらくは娼婦であろうその女性に話しかけられて、何故だか必要以上にあたふた慌てるユトナ。
もし、彼女が客引きだとしたらそういった理由でユトナに話しかけたのだと推測したのだろう。
根本的な性別は女であるユトナには、当然そういった趣味は持ち合わせていない。
何とか誤魔化して立ち去ろうとするユトナであったが、次いで女性から放たれた言葉に驚愕を覚える事となる。
「アンタ、見回りにきた騎士かい? だったら助けておくれよ。今、ウチの店で大変な事が起きちまって…!」
「んー…まぁ、そんなもんだな。…大変な事? 一体何があったんだよ?」
「それは……っと、説明する時間も勿体ないねぇ。それに、実際に来て貰えばすぐに分かるよ」
「え…ちょ、おいっ!」
女性はよっぽど急いでいるのだろう、説明する時間も惜しいらしく、ユトナの腕を無理矢理引っ張るとそのままユトナを引きずる様にして走り出してしまった。
ユトナも本気を出せば女性を振り解けるのだろうが、彼女の尋常ではない様子に只ならぬ何かを感じ取ったのだろう、この場は大人しく女性に従う事にしたらしい。
そして、暫く走って着いた先はとある娼館。
女性に案内され所謂娼婦達の待機部屋のような所にやってくると、そこには大勢の娼婦達が不安そうに眉をひそめていた。
「皆、騎士さんを連れてきたよ。騎士さんならきっと何とかしてくれる筈さ」
ユトナを連れてきた女性が娼婦達に声を掛ければ、娼婦達はわっと一斉にユトナの周りに群がっていく。
そして口々に様々な言葉を掛けていくが、状況がまるで掴めないユトナは不満を募らせていくばかり。
最終的には、その不満を爆発させる羽目になった。
「だーもうっ! 勝手に話進めてんじゃねーっての! おいオマエ、いい加減何でオレに助けを求めたのか理由を説明しろよな!」
「あぁ、そうだったね。じゃあ騎士さん…そこにある鏡、見てくれないかい?」
今更ながら事情を説明していなかった事を思い出したらしい女性は、とある一点を指差してみせる。
そこには壁に掛けられた大きな姿見があり、不思議な事にその姿見は真っ暗で何も映し出してはいないように見えた。
──否。
よくよく目を凝らしてみれば、鏡に映り込んでいるのは1人の娼婦の姿。
その娼婦は泣き崩れながらも必死に何かを訴えかけているが、こちらからは彼女の声は全く聞こえない。
そしてさらに驚くべきは、彼女に纏わりつくような黒い霧…のようなもの。
しかし、その霧は明らかに意志を持って、彼女を捕らえるように纏わりついているように見えた。
「──っ!? なっ…何だよコレ!? 明らかにコレ、鏡の中に閉じ込められてんじゃねーか!」
「ああ、そうさ。鏡の中に居るのはアタシらの同僚の子だよ。けど、どうやら精神だけが囚われちまったみたいでねぇ…ほら、身体はこっち側にあるだろ?」
予期せぬ光景に目を見開き一気に緊迫した顔つきになるユトナに対し、女性は落ち着き払った口調でそう説明すると顎でとある方向を指し示した。
その先には、ソファに寝かされた女性の姿。
彼女は鏡に閉じ込められた女性と全く同じ容貌をしており、どうやら肉体はこの場に、そして精神だけが鏡の中に閉じ込められてしまったというのはどうやら事実のようだ。
鏡の中に閉じ込められてしまったというだけでも信じがたい事なのに、さらにどうやって女性を救い出せばいいというのか。
その場に立ち尽くすしかないユトナの背後から、突如男性の声が降り注いだ。
「皆さん…その後首尾は如何ですか? 鏡の中から抜け出せたでしょうか…?」
聞き慣れない声に思わず振り返るユトナ。
すると、視界には青紫色の長い髪を無造作に下ろし、眼帯を付けた優男の姿が映り込んだ。
「あぁ、お客さん…それがまだ…。一応、騎士さんには来て貰ったんだけどね」
どうやら、この優男娼館を訪れた客らしい。しかも、娼婦の口ぶりからして常連客と見受けられる。
すると、優男はユトナの頭のてっぺんからつま先まで、まるで値踏みでもするかのようにまじまじと眺めたのだ。
流石のユトナも、この図々しい視線には苛立ちを感じたらしい。
ムッと眉をしかめ、あからさまに不機嫌さをアピールしてみせる。