第6話
そこでふとセオの脳裏を過ぎるのは、とてつもなく嫌な予感。
この嫌な予感、絶対当たらないでくれ…! そんなセオの祈りは、後の会話によって無残にも打ち砕かれる事となる。
「…なぁ、もしかして…今日俺の部隊に新人が配属されたって聞いたんだけど…君の事かい?」
「ああそうだぜ、オレ、今日からオマエと同じ騎士だからー宜しくな!」
…やっぱりそうだったか。
セオががっくりとうなだれ胃が石のように重くなるのを感じながら、それでも遠い目をするしかなかった。
しかし、ユトナと言えばそんなセオの内心など何処吹く風。
へらっと笑い飛ばすユトナの背後に歩み寄る、二つの影があった。
「もしかして、あんたが噂の新人とか?」
「…ん? 確かにそうだけど…つーか、オマエらこそ誰だよ?」
突如現れた、見覚えのない2人の青年の姿に、きょとんと首を傾げるユトナ。
すると、そんな会話に割って入ってきたのはセオであった。
「えーっと、お互いに紹介した方が良さそうだよな。かの…じゃなくて、彼はシノア。今日付けでうちの隊に配属になったんだって。それで、こっちの黄緑の髪のだらだらした方がキーゼ。それから、こっちの真面目そうな方がネクトだよ」
些か大雑把且ついい加減なセオの説明であったが、それでも必要最低限の紹介にはなったらしく互いに顔を見合わせる三人。
「成程…シノア殿か。自分はネクトと申す、今後とも宜しく頼む」
「ま、うちの隊に入るってんなら歓迎しとくさ。あ~…おれはキーゼってんだ、本名は別にあるけど…そっちは秘密って事で。とりあえず、一つ宜しく」
「へぇ~、ネクトにキーゼか。2人共宜しくな!」
互いに挨拶を交わし、和気藹々と和やかな笑いを浮かべる一同。
すると、何か思い出したらしいユトナが壁掛け時計をちらりと見遣った。
「…あ、そういやもうそろそろ集合する時間じゃねーか?」
「へっ? あっヤバ…! うちの隊長、時間には厳しいから遅刻すると怒られるよ。じゃ、折角だし一緒に行こうか」
「おう、…ってか集合場所よく知らねーんだよな。そんな訳だから案内頼むぜ~」
まるで緊張感なくへらっと笑いながらセオの肩をバシバシ叩くユトナ。
こんなんで本当に大丈夫なのだろうか…? とセオの心労はさらに増してゆくばかりであった。
◆◇◆
「…………。だ~っムカつく!」
のしのしと大股で歩を進めるユトナの顔つきは、いつになく不機嫌そうで頬を膨らませてむくれている様子。
かなりの憤りを感じているようで、頭から湯気が出んばかりの勢いだ。
ユトナが歩いているのは、街の大通り。
人がごった返しながらも、彼女の目にそんな混雑など映っていないようであった。
何故なら、不満と憤りが綯い交ぜになってそれだけで頭が一杯になっていたから。
「くっそ~隊長のアホ~っ! 何でオレがこんなかったりー任務受けなきゃなんねーんだよっ!」
まるで心に溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように、誰に言うでも無く不満をぶつけるユトナ。
──あの後、集合場所に向かったユトナは、隊長であるマディックから早速任務を命じられたのだ。
その内容とは、こっそり城から抜け出してしまったフェルナント王国第一王子の捜索。
フェルナント王国第一王子といえば正式な王位継承者で、人望も厚く頭脳明晰で眉目秀麗、その上武芸にも長けるという事で何処を見渡しても欠点が見当たらないといわれる程の有能な人物である。
勿論その噂はユトナも耳にしていて、そんな凄い人間もこの広い世界には居るのだな…程度には思っているようであった。
何故そんな人物がこっそり城から抜け出してしまったのかは不明だが、兎にも角にも何か事件にでも巻き込まれてしまっては大事。
だからこそ、騎士団に白羽の矢が立ったのだ。
ユトナは実際に王子の姿を目の当たりにした事が無いので隊長からざっくりと王子の外見の特徴を教えて貰っただけだが、王族の血を引く者には一つ大きな特徴があった。
それは、王族の者はすべからく左右異なった色の瞳を持つ、という事。
どういうからくりかは分からないが、どうやらオッドアイの遺伝情報が脈々と受け継がれているのだろう。
故に、オッドアイの人間を探せば自ずと王子も見つかるだろう、というのがユトナの考え。
だからこうして街中を練り歩いているのだが、当然そう簡単に見つかる筈も無く。
元々、騎士と言えば国民を守る為に武器を取って戦う者、という先入観があるユトナにとって、このある意味地味な任務は苦痛以外の何物でもないのだろう。
相変わらず不満を抱えつつも街中を歩き回っていたユトナであったが。
ふと、周りの景色が普通の街並みと変わった事に気付いたユトナは、改めて辺りを見渡してみた。
「…あれ? 此処何処だ…?」
どうやら、頭に血が上って無心に練り歩いていたせいで自分が何処を歩いているのかも分かっていないらしい。
辺りを見渡せば派手な外観の建物や『BAR』と書かれた看板が立ち並び、街には客引きと思われる派手な格好をした女達がうろついていた。
「も、もしかして此処…花街か?」
ようやく自分が居る場所を把握したユトナは、さっと血の気が引いていくのを感じた。
元より自分にはまるで無縁の場所である為今まで立ち入った事も無いし、人格者である王子がこんな如何わしい場所に居る筈も無く。
何となく居心地の悪さを感じたユトナはすぐさま踵を返そうとした…まさにその時であった。