第5話
「何だよソレー、軽い自慢か? あーおれもエロくて綺麗なお姉さんに振り回されてみてー」
「いやいやいや、振り回される苦労を知ってる上で言ってるのか? それ。大体、レネードさんはそんなんじゃないし…」
やたらと振り回される苦労を力説した上で、ぶんぶん手を振り否定するセオ。
そんなん知らんがな、と言いたげに若い騎士が反論しようとした所で、不意に2人の背中から生真面目そうな固い雰囲気の声が降り注いだ。
「全く…2人して何下らない話をしてるんだ?」
「…あ? 何だネクトかよ。おれ達は男のロマンを熱く語ってんだよ、それが分かんねぇ奴は口挟んでくんな」
弾かれたように声の主へと視線をずらせば、そこにはやれやれ、と呆れ果てた様子で溜め息を零す、不思議な色の長い髪をポニーテールに纏めた青年の姿。
ネクトと呼ばれた青年の姿を目の当たりにするなり、若い騎士はいかにも不機嫌そうに眉をしかめてみせた。
途端、2人の間に火花が散り、不穏な空気が瞬く間に辺りを蝕んでゆく。
慌ててセオが仲裁に入ろうとするも、時すでに遅し。
「何が男のロマンだ、そんな下らない事、自分は分からない方が人生の為になると思っている。貴殿はもっと他に、考えなければならない事があるのではないか?」
「は? ねぇよそんなもん。おれはおれの自由でやってんだ、あんたに指図される覚えはねぇよ」
「毎日毎日、いい加減で自堕落な発言ばかり…。それでも何と思わないというのは、よっぽど情けない性格なのだな」
「それこそ余計なお世話だよ。あんたこそ、毎日毎日クソ真面目な事ばっか考えてたら疲れねぇか? おれにはそんな生活、真っ平御免だけどなー」
刺々しい嫌味と鋭い言葉の往来が続き、さらに2人はヒートアップ。
顔を合わせるなり此処まで相手に不快感を覚えられるとは、2人の仲の悪さは言わずと知れた事。
このままでは不毛は言い争いが広がるばかり、と危惧を覚えたのか、最早捨て身で仲裁に入るのはセオだ。
「2人共、もうその辺にしておきなよ。こんな所で喧嘩したって、それこそ意味ないだろ?」
「…あ、やっべやっべおれとした事がうっかりテンション上がっちまったよ。あー無駄にテンション上げちまった」
「自分とした事が、何たる不覚…。いちいち相手のレベルにまで自らを下げて言い争いをしてしまうなんて」
「いやいやいや、何さらっと言っちゃってんのおかしくね?」
「だからっ、喧嘩するなって!」
言ってる傍から再び喧嘩を始める2人を嗜めるように、声を荒げるセオ。
ようやくそこで大人しくなった2人であるが、ふと何か思いついたらしいネクトが話を切り出した。
「あ、そういや…貴殿らは知っているか? 今日付けで我らの隊に、新人が入るらしい」
「え、本当かいそれ? へぇ~…どんな人なんだろ」
どうやらセオには初耳だったらしく、これから相見える仲間に思いを馳せる。
…が、セオが抱く幻想は後にあっさりと砕け散る事となる。
そう…この直後に耳に飛来した、一つの声によって。
「うわ~すげー人だなぁ。……あ、セオじゃねーかよ久しぶりだな~!」
「……は? え…はぁっ?」
セオの背後から降り注ぐ、一つの声。
その声は、セオを驚かせるには充分過ぎる程で。
確かにその声は聞き覚えのあるものなのだが、今この場所で聞こえる筈が無い。
空耳である事を願いつつ、恐る恐る声のする方へ顧みたその先には、驚愕の事実が横たわっていた。
「え…? シノ、ア…?」
「ん? あー…まぁそんな感じだ、それにしてもセオに会えるとは思わなかったぜ」
セオの視界に映り込んだのは、シノア…否、男性の姿に扮装したユトナの姿であった。
だが、双子が入れ代わった事を知らないセオは、今目の前に居るのは男性…即ちシノアであると判断したようだ。
一方、シノアと呼ばれたユトナはまだ慣れないのか、ポリポリと頭を掻きつつ明らかにぎこちない様子。
その仕草に違和感を感じたセオは、人知れず不信感を募らせていく。
「そういえば、ガキの頃孤児院で別れたっきりか? 懐かしいよな~、でもセオは全然変わってねーし」
「孤児院か…懐かしいなぁ。そうかい? でもシノアの方は何か性格変わってないか? どちらかといえば、何かユトナっぽいような…」
「……! ななな、何言ってんだよセオ、気のせいだろそんなん」
ユトナは盛大にギクッと肩を震わせると、必要以上に慌てた様子でぶんぶん首を横に振って否定してみせる。
だが、その態度が余計怪しさを誘ったようだ。
2人の会話の通り、2人がこうして再会するのは久しぶりのようだが、シノアとユトナの事は今でも記憶の片隅に残っている。
必死に記憶を手繰り寄せるセオの脳裏に浮かんだのは、どちらかといえば控え目で内向的なシノアと、がさつで乱暴、ざっくりした性格のユトナの姿。
再会した時に感じた違和感は一つの結論を導き出し、その結論が脳裏を過ぎるや否や、険しい表情になったセオはユトナの手を無言で引いて詰め所の隅へと連れて行った。
「ちょっ…おい、何のつもりだよ?」
訳が分からず非難の声をあげるユトナだが、セオの耳には入ってこないようで。
ようやく人気の少なく、会話を盗み聞きされない閑散とした場所へとやってくると、セオは険しい表情のままユトナに向き直った。
「……、君は…ユトナだろ?」
「う……、ちっ、バレちゃしょーがねぇな。ああそうだよ、オレはシノアじゃなくてユトナだよ」
意外にも、ユトナはあっさりと白状してむしろ開き直った様子。
まるで、こうなる事を予見していたかのように。
「やっぱりユトナだったか…。何かおかしいと思ったんだよ、シノアにしては何かがさつな喋り方だなーと思って。でも、まるっきり男の格好してるし、そしたらシノアかな、とも思って…」
「そうそう、そこなんだよ。オマエですら男と間違えたって事は…他の人が見たら完全オレって男に見えるよな?」
「……? まぁ、見た目は何処からどう見ても男だけど…」
ユトナの頭のてっぺんから爪先までまじまじと眺めてから、こくこくと頷くセオ。
するとユトナはぐっと握り拳を作ると、
「よっしゃ、変装成功だぜ。幼馴染のセオがそこまで言うんだったら、他の連中には絶対女だってバレねーな」
「な、何が何だかさっぱり分からないんだけど…もしかして、俺に話しかけたのもそれを試す為かい?」
「ああ、そうだぜ。セオがオレの事見抜けるかどうか、試したんだよ。…ま、流石に性格までシノアの真似は出来なかったけどな。だってアイツ、うじうじして女々しいし」
恐る恐る問い掛けるセオに、あっけらかんと言い放つユトナ。
セオの胃がずっしりと重くなるのを感じた。