第3話
──そんな重大な事をさも当然の如く言わないでくれ。
恨めしそうなシノアの双眸からは、彼のそんな内心が聞こえてきそうである。
しかし、ユトナは相変わらずケロッとした表情のまま。
「よっしゃ、これなら誰も困らねーし損もしねーし、万々歳ってトコだな」
「いやいやいや、とりあえずまず最初に僕が困りまくってるんだけど!? 大体、何で僕が女装しなきゃいけないのさ!?
そんな変わり者みたいな真似、僕は絶対しないからね」
勝手に話を進めて万事解決、とでも言いたげなユトナを、全身全霊で突っ込むシノア。
元々女装の趣味がある訳でも無いシノアにとって、この反応はある意味至極当然のものだろう。
だが、それでも尚ユトナは食い下がらない。
「じゃーどうすんだよ? 真面目な話、じーちゃんもばーちゃんも死んじまって、これから自分達の足で歩いてかなきゃなんねーだろ?
だから、オレとしてはこんないい話断るなんて、勿体ねーにも程があるぜ」
「うっ…。それは確かにそうだけど…」
「だろ? それに、オレの剣技の腕前と、戦闘能力の高さはオマエだって知ってんだろ? これぞまさに適材適所だと思うんだけど」
ずいずい、とシノアに詰め寄りつつ次第に外堀を埋めていく。
確かに、ユトナの言い分にも一理はある。
何せ、彼女の暴れん坊振りといったら並外れたものがあり、普通の大人しい女性の仕事など、彼女には不釣り合いにも程がある。
だが、イマイチ賛同し切れないシノアは、それでもさらに食い下がってみせた。
「確かに、ユトナの言いたい事も分かるよ。けど、僕は女装してユトナの振りして、その後どうすればいいっていうのさ?
そんな状態で、何か出来る事なんて…」
不安そうに瞳を揺らし、力なく俯いてしまったシノア。
流石のユトナもこれはマズイと思ったのか、必死にあれこれ思案を巡らせる。
そんな中、一つの名案がユトナの脳裏に飛来した。
「……あ! そういや確か、王国でメイドも募集してたぜ? オレが騎士入団の試験受けに行った時にそんな話聞いたし。
オマエ、メイドやればいーじゃねーか。やたら細かいし家事も得意だし、おあつらえ向きだと思うぜ?」
「……へ? め、メイド?」
予想だにしない単語がユトナの口から零れ落ち、代わりにシノアからは思わず間抜けな声が出る。
思ってもみなかった提案に、シノアは鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべるばかり。
「大体オマエ、昔っから人と争ったり剣振るったりすんの嫌いだしよ、メイドだったらめっちゃインドアだしオマエに合ってるんじゃね?」
「うー…確かに騎士やるよりかはよっぽどいいと思うけど…。でも、周りの同僚も皆メイドって事でしょ? 女の子だらけの中で、僕1人男っていうのも…」
「気にすんなって、だったらオマエが男だってバレなきゃいーだけだろ? ってか、シノアが女装して女の中に紛れたら、完璧溶け込んで絶対バレねーと思うぜ」
「…それ、サラッと僕の事馬鹿にしてるよね? …はぁ、仕方ない…何かユトナの思惑通りに事が運んでるみたいで釈然としないけど、苦手な事するよりはマシかな。
メイドとして雇って貰えないか、お城に行ってみるよ。その際はユトナの名前を騙らせて貰うけどね」
ユトナの言い分も一理ある、とだんだんその気になってきたシノアであったが、遂には観念する事にしたようだ。
肺の奥に溜まった息を一気に吐き出すと、浮かない顔つきではあるものの承諾してみせるシノア。
途端、ユトナの表情がパッと花が咲いたように明らむと、
「よっしゃ、流石~! 話分かるじゃねーか、やっぱオレの双子の片割れってだけの事はあるぜ」
「いや、双子とかは関係ないと思うけど…。ともかく、絶対バレないようにしてよ? これからはユトナが僕、僕がユトナになるんだから」
「おう、双子って入れ替わりって訳だな。何か面白そうになったきたぜ~、絶対ヘマすんなよ!」
軽口を叩きあいながらも、お互い目配せを送り力強く頷き合う2人。
──こうして、とある双子の一世一代の大博打が火蓋を切って落とされたのである。
この入れ替わりが、後に何をもたらすのか──それを知る由が、今の2人にある筈も無かった。