第12話
「んー…どうだったかなぁ…? ちょっと記憶がごちゃごちゃになっててよく覚えてないんだよね…」
「え、そうなのかい?」
困惑した様子で眉根を寄せるレネードを見遣るなり一気に不安に襲われたのか、眉尻を下げてあからさまに落胆した様子を見せるセオ。
すると、初めは済まなさそうにしていたレネードであったが、次第に口元に笑みが浮かび遂には堪え切れず吹き出してしまった。
「あははっ、セオ君てばあたしの話鵜呑みにし過ぎだよー。それに思ってる事がすぐ顔に出過ぎ。セオ君が何考えてるか、すぐ分かっちゃうよ」
「え、えぇ?」
「…ってごめんね、ちょっとからかい過ぎちゃったね。大丈夫、ほとんどの記憶はもう取り戻したから。そもそも、人の記憶を完全に消去するなんて幾ら魔術を用いたとしても出来ないって事よね」
未だにクスクスと忍び笑いを漏らしていたレネードも、訳が分からずきょとんとしながら頭上に“?”マークを乱舞させるセオを見て流石にからかい過ぎたと思ったのだろう、何とか込み上がる笑みを抑え込みながら種明かしをしてみせる。
初めは彼女の言葉を飲み込む事が出来ず茫然としていたセオだが、次第に脳内で処理出来たのか次第に表情に明るさが宿る。
「じゃあ、俺の事本当に思い出してくれたんだよな?」
「ええ、勿論。それにしてもセオ君は相変わらずだねー、人の話を疑うって事を知らないんだもん。…って、今回の件は忘れちゃったあたしがいけないんだもんね、それなのにからかってごめんね」
「何だ、それなら良かった……って、そりゃ信じるよ、レネードさんの言う事だし」
「……え?」
セオの口から飛び出した予期せぬ言葉に、思わずレネードは茫然とその場に固まってしまう。
つまりは、レネードの言葉だからこそセオは無条件で信じたのだという事。
只の知り合い程度の仲ならば、そこまで安易に相手を信じたりはしないだろう。
レネードの口元に不意に浮かぶ、嬉しさを孕んだ微笑み。
──全く、これだから困る。
多分、当の本人は自覚などまるで無いのであろうが…だからこそレネードの心を強く揺さぶるのだろう。
セオの真っ直ぐな気持ちが、嬉しかったから。
「…全くもー、これだからセオ君には敵わないんだよね~」
「へっ? 何の話だい?」
「ふふ、秘密ー」
全く持って訳が分からずぽかんとするセオをよそに、人差し指を口元に当てながら悪戯っぽく笑ってみせるレネード。
暫く楽しそうに微笑んでいたレネードであったが、ふと何か思う所でもあったのか真剣な面持ちになると真っ直ぐな眼差しがセオを捕らえた。
「今までは、記憶が無いと自分が半端者っていうか…自分の欠片が何処かに行っちゃったみたいで嫌だったの。だからどうしても記憶を取り戻したかった。…でも、今はもうどうでもいい。何であの時あんな執着したのか理解出来ないくらい。だって、これから幾らでも思い出を作る事が出来るんだから、過去に囚われる必要も無いでしょ?」
過去は自分を彩るものだけれど、それに固執してしまえばきっと前には進めない。
だからこそ、彼女は前へ進む事を選んだ。──彼とと共に。
「…うん、そっか…そうだよね。どんな形であれ、レネードさんが納得出来るんなら俺はそれで構わないよ」
「ふふ…ありがとう、セオ君。…あ、そういえば…」
パッと花が咲いたような鮮やかな笑みを浮かべるレネード。しかしふと何か思い出したようで話題を切り替えた。
「そういえば、前に約束したよね? いつか2人で街の外へデートしようって」
「で、デートっ!? …いやその、デートっていうか…2人で街の外へ行ってみようか、って話は確かにしたけど…」
セオにとってあまりに不意打ちだったのか、頭から湯気が出そうなくらいカッと顔を赤らめれば、しどろもどろにもごもごと返答する。
多少の語弊はあるものの、セオが覚えていてくれた事が嬉しくて満面の笑みを浮かべるレネード。
「良かったーセオ君も覚えててくれたのね! それじゃあ、何処に行きましょうか?一旦寄宿舎に戻って2人でデートの計画立てようよ?」
レネードの提案に、コクリと頷いて同意を示すセオ。
「うん、そうだな。何処にしようかな…そういえば、今まで何度か騎士団の任務で色んな街に行った時に色々話を聞いて行ってみたいなーと思った街があるんだよ」
「へぇ~、どんな街なの?」
和気藹々とデートの話をする2人には、心底幸せそうな笑顔が浮かんでいて。
記憶も生い立ちも何も関係無い、2人の純粋な気持ちがそこにはあった。
1人ずつ此処まで向かった道を、今度は2人一緒に並んで戻っていった。
さりげなく…けれどしっかりと手を繋ぎながら。