第11話
オブセシオンの背中が見えなくなるまで、ずっと彼の背中を見守るレネード。
当然、彼女の足ならオブセシオンの後を追いかける事は容易に出来た筈だ。
けれど、出来なかった。どうしても足が動かなかったから。
まるで金縛りにでも遭ったかのように、その場に立ち尽くす事しか出来なかった。
恐らく、レネード自身何となく察していたのかもしれない。
記憶は戻っても、もう2人の歩む道は交わらないという事を。
それに…彼女は気づいてしまった。自分自身の本当の気持ちに…。
「シオン…ごめんね、ありがとう」
今のレネードに出来る、精一杯の餞の言葉。
湿気を孕んだ冷ややかな微風が、レネードの髪を撫でていった。
此処に何時までも立ち尽くしていても仕方ないと、踵を返そうとしたその刹那。
不意にレネードの耳にばたばたと慌ただしい足音が飛来した。
「……っ、レネード、さん…っ」
「セオ君…?」
躊躇いがちに互いの名を呼ぶ2人。
レネードの眼差しが捉えたのは、息を切らしながらも真っ直ぐ自分を見つめるセオの姿であった。
まるで2人の間だけ時が止まってしまったよう。
考えてみれば、まともにこうして顔を合わせるのもどれだけ久方ぶりだったのか…改めて色々な考えが脳裏を過ぎり、何とも言えない気恥ずかしさと気まずさが2人を襲う。
暫く重苦しい沈黙が続いていたが、意を決したように話を切り出したのはレネードの方であった。
「セオ君…具合はどう? もう動いて大丈夫なの?」
「え、俺? あ、うん…多分もう大丈夫、だと思う」
まさか自分の身を案じてくれているとは思いもよらなかったのか、一瞬反応が遅れて言葉に詰まるセオ。
レネードはセオの返答にホッと安堵の息を吐きつつ、申し訳なさそうに視線を地面に落とした。
「見舞いには行きたかったんだけど…あたしが行ってもいいのかな、って思って。セオ君の事…傷つけちゃったと思うし」
「へ? 俺が? いやいやいや、レネードさんは何も悪くないよ。俺の事忘れちゃったのは何て言うか、不可抗力というか何と言うか…」
ぶんぶん手を振りながら無駄に慌てふためきつつもフォローを入れるセオ。
逆に、レネードに謝られれば謝られる程、彼の中で罪悪感が膨れ上がってくる。
「ってか、俺の方こそレネードさんに心配される資格無いよ。あんな事になって…皆を傷つけてしまったから」
「そんなの、それこそセオ君のせいじゃないでしょ? 完全に巻き込まれただけじゃない」
「そ、そうかな…? ありがとう、レネードさんにそう言って貰えて少し気が楽になったよ」
ずい、とセオの眼前に歩み寄ってそう断言するレネードに気圧されつつも、心の何処かでは救われた面もあるのかもしれない。
振り解かれた手が、再び自分の目の前に差し出されたような気がするから。
…と、不意にレネードが何が可笑しいのかクスクスと忍び笑いを漏らし始める。
そんな彼女についていけずぽかんとするセオをよそに、レネードの表情は何処か晴れやかなものであった。
「あははっ、2人して謝り合って何か変だね。さーてと、じゃあもうこの話はお終い! 大体、こういうしんみりした雰囲気ってガラじゃないのよね~」
急にけらけらと笑いだすなり、ぐっと背伸びをしてみせるレネード。
彼女の様子に何か気になる事でもあるのか、セオは躊躇いがちにこう問いかけた。
「えーと…そういえば一応確認しておきたいんだけど…レネードさん、俺の事…覚えてるのかい?」
セオの問いに一瞬きょとんとしたレネードであったが、何か思いついたらしくふと悪戯っぽい笑みを浮かべるレネード。
するとゆっくりとセオとの距離を縮めるなり、おもむろに彼の頬にそっと手を添えた。