第9話
「……っ! なっ…妾を馬鹿にするでないわ。妾はそなたの何十倍も長い時を生きておるのじゃぞ? そなた如きに軽くあしらわれる筋合いなど無いわ」
軽く丸め込まれたようで何となく気にくわなかったのか、フン、と鼻を鳴らすとムキになって反論するセルネ。
それでは火に油を注ぐ行為だという事に、残念ながらセルネは気づいていないらしい。
「はいはい、それじゃあそういう事にしておきますよ」
「むっ、お主本当にそう思ってないじゃろう?」
「え、そんな事ありませんよ。…やっぱりセルネ様って素直じゃないというか…頑固だなぁ」
だんだんとセルネの扱い方が分かってきたのか、シノアの態度も慣れたもの。
ある意味自分の双子の片割れと似ている所がある為か、何となく既視感のようなものも覚えたのだろう。
…と、そこで会話が途切れる。
再びシノアの脳裏を過ぎるのはセオの事、ふと表情が曇るシノアに気付いたのか、セルネが何処かわざとらしく咳払いをしてから、彼をさりげなく一瞥する。
「…全く、そんな上の空ではメイドなど務まらぬぞ? そんなに気になるのならば、さっさと行ってくるが良い。多少ならば暇をくれてやる」
「……へ?」
「聞こえぬのか? さっさと行って来いと申したのじゃ。そんな辛気臭い顔をされていては鬱陶しいのじゃ」
セルネは端的にそれだけ言い放つと、腕を組みながら再びシノアから視線を外しそっぽを向いてしまう。
彼女なりの、精一杯の気遣い。それを悟ったシノアの顔には、小さな微笑みが浮かんでいた。
「ありがとうございます、セルネ様。それじゃあちょっと行ってきます!」
◆◇◆
灰色の雲が次々と浮かんでゆき、強風が吹いているのかあっという間に流れていく。
今にも泣き出しそうな空を仰ぎ見ていると、何処となく不安を揺さぶられるのは何故だろうか。
もうすぐ雨も降り出すだろうか…それとも他の地域ではもう空も泣き出してしまっただろうか。
自分には関係の無い事なのに、そんな取り留めの無い考えばかりが浮かんでは消えていく。
馬鹿馬鹿しい…そう結論付けると空へと向けていた視線を下ろし、代わりに視界に映り込んだのは何処までも続く石畳の街道。
それが視界を埋め尽くすなり、現実を突き付けられているようで。
そう──自分が街を追放されたという現実。
オブセシオンは眉一つ動かさず、代わりに小さく溜め息を零す。
自分は後悔などしていない…これが自分の選んだ道だ。
誰が悪い訳でも無い。強いて言うならば…自分は何処かで、道を踏み外してしまったのかもしれない。
だからと言って、自分の行いが悪だとも思わない。そうでなければ、レネードを助ける事など出来なかったのだから。
自分にとって、彼女さえ生きていければそれでいい。それ以外は何もいらない。
そうすれば、自分は喪失感を覚える事は無いのだから。
きっと、怖かったのかもしれない。誰か大切な人を失う、という行為そのものが。
それに耐えられなかっただけ。結局は自分の心が弱かっただけなのだ。
レネードの為では無く自分の為、それに気づいたからこそ──…
「シオンっ!」
不意に背後から一つの声が降り注ぐ。
オブセシオンにとっては聞き覚えのある、愛しき人の声。
まさか、そんな…来る筈がない。
彼女には一切何も告げなかったのだし、そもそも知っていたとしても彼女が来てくれるなど…そんな都合の良い話がある訳が無いと思い込んでいたから。
きっとこれは夢だ、若しくは幻聴に違いない。
そう思いつつも、最後の希望に縋るように…オブセシオンはゆっくりと背後へと振り返る。
彼の視線が捉えたのは、1人の女性の姿であった。




