第7話
「…行きたい所があるのでしょう? さっさと行って来たら如何です?」
「……へっ? いや、でも…此処から出ちゃいけないんじゃ…?」
いきなり何を言い出すのやら、とセオは間抜けな声を漏らしながらぽかんとするばかり。
未だに真意を汲み取れないセオなどお構いなし、ロゼルタは細かい説明は避けわざとらしく彼から視線を逸らすと、
「私は何も見て居ませんから。私の管轄外で何をしようと、それは私の知った所ではありません」
「はぁ? オマエ何言って…」
流石に痺れを切らしたユトナが訳が分からない、と眉をしかめながら2人の会話に横やりを入れようとした…のだが。
ユトナの声に気付いたロゼルタがそちらへ視線をずらすなり、鋭い眼差しがユトナを貫いてゆく。
まるで“それ以上介入するな”と口を噤ませるように。
それにロゼルタの強い意志を感じたユトナは、思わず喉元まで出かかった言葉を飲み込んでしまう。
その一方でまた、セオも自分はどうすべきか考えあぐねているようであった。
自分が一番したい事…一体自分はどうしたいのか。
セオの脳裏を過ぎるのは、一つの人影──…
「…ロゼルタ様、ありがとうございます」
セオは深々と会釈をすると、転げ落ちるようにベッドから降りるとそのまま扉へと駆け出していった。
暫く歩いていなかったせいでまるで歩き方を忘れてしまったかのようにその足取りは覚束無いものであったが、セオの双眸は真っ直ぐ前だけを見据えていて。
扉が閉まる音と共に足音がどんどん遠ざかってゆき、完全に聞こえなくなってからようやく改めて扉を名残惜しそうに視線で追いかけるロゼルタ。
彼の眼差しは、何処か温かさに包まれていた。
「さて、私は何も見て居ないし知りませんからね」
すると、何時の間にかロゼルタの傍に歩み寄っていたユトナが穴が開きそうなくらい彼をまじまじと凝視した後、
「……オマエにもそーいう優しい所あんだな…すっげー意外だけど」
「おや、それは心外ですね。私は何時でも他者に対する慈しみは絶やした事はありませんよ」
「ケッ、どの口が慈しみとかほざくんだよ。だったらまず一番にオレに優しくすべきだろー!?」
「は? 何故貴方にわざわざ優しくしなければならないのです? それによって私にどんなメリットが? それに尚の事心外ですね、貴方には色々と慈悲を向けていると思うのですが」
「……っ、ホントムカつくなオマエ…。つーか何処が優しいだよ毒舌ドS王子の癖にー!」
何時の間にやら不毛な口喧嘩に発展しつつあるような気がしなくもないが、相変わらず涼しい顔のロゼルタとは対照的にユトナは今にも噛み付かんばかりの勢いでロゼルタを睨み付けるばかり。
しかし、2人にとっては最早日常の光景ではあるものの、他の者達──キーゼとネクト──にとっては異質な光景に見えたようで、呆気にとられた様子でぽかんとしていた。
「つーかアレ、ヤバくね? シノアとか思いっきり王子サマに向かってオマエ呼ばわりとかしてっけど普通にマズイだろjk」
いち早く我に返ったキーゼがこそこそとネクトに耳打ちをする。
それでようやくハッとなったらしいネクトは、未だ茫然とした眼差しで2人のやり取りを見遣りつつ、
「確かにシノアは元々誰に対しても砕けた態度を取るが…若様に対してもああとはな。そういえば、いつの間にかシノアが若様のお目付け役のようになっていたが、それで親しくなったというのもあるのだろう」
ネクトがそこまで知っているという事は、ユトナが放蕩を繰り返すロゼルタに振り回されているというのは騎士団の中でもそこそこ有名な話なのだろう。
すると、そういえば、とキーゼが首を傾げる。
「そういや、何でシノアがそんな役やってんだ? ますますイミフだよな、あの2人…」
キーゼとネクトにそんな感情を抱かれているとは露知らず、渦中の2人と言えば相も変わらずマシンガンのような会話をぶつけ合っていた。