第5話
それに。彼はほんの一瞬ではあるが、確かに願ってしまった。
──思い通りにならない世界なら──…いらない、と。
今回の暴走は彼自身はどちらかと言えば被害者であり、不可抗力であったもの。
けれど、全く自分の意志が関わっていないかと言えば嘘になる。
だからこそ、皆の優しさがむしろ痛いくらいで。
「…あの、俺…」
「ん? セオ、どうかしたか?」
意を決したように声を絞り出すセオに、きょとんと首を傾げるユトナ。
まるで死刑宣告をするかのように重く沈み切ったセオの声が、辺りに響いた。
「やっぱり…騎士団は辞めようと思うんだ。それに…この街も近いうちに出ていくよ」
セオの決意を秘めた発言を聞くなり、ユトナ、キーゼ、ネクトの表情が一変する。
初めに異を唱えたのはユトナであった。
「はぁ? 何馬鹿な事言ってんだよ!? つーか、ロゼルタも言ってただろ騎士団にはこれからも所属して貰うって。なのに何でオマエ自身がそんな事言い出すんだよ!?」
「これ以上…皆に迷惑はかけられないから。また、今回みたいな事になったら…って思うと」
ユトナの言葉も意に介しないセオは、相変わらず自分の意見を貫いたまま。
すると、キーゼが心底呆れ果てた様子で盛大に溜め息を零してみせた。
「ったく…セオ、あんたは普段は真面目で頭も良い方だけど、たまにとんでもなく馬鹿になるよな。誰がそんなん気にしたよ? あんたの思い込みっつか気にし過ぎだって」
「それにしても…セオ、いきなりそんな事を言い出すとは、どうかしたのか? そこまで言うのは、何か理由があるのではないか…?」
ネクトは何気なく聞いたのだろうが、セオにとっては痛い所を突かれたようで彼の表情が一瞬苦しげに歪む。
しかし、すぐに咄嗟に作り笑いを浮かべたので、それに気づいた者はいないようであった。
「そ、そういう訳じゃ…。俺自身の問題だから。俺は…此処に居ちゃいけないんだ」
「だーかーら、何でオマエはそう極論になんだよ!? 此処に居ていいとかいけねーとか、誰かが決めるもんでも自分が決めるもんでもねーだろ!?」
痺れを切らしたのか、ユトナの口調がだんだんと荒っぽいものになる。
けれど、セオは首を横に振るばかり。
──皆が優しい言葉をかけてくれるから…その優しさに甘えてしまいそうで、怖い。
皆の為にも、俺は此処からいなくなった方が良いんだ…勿論、未練が無いと言ったら嘘になる、けれど…。
セオは心の中でそう呟くと、無意識のうちにぎゅっとシーツを固く握り締める。
…と、そこで今まで傍観を決め込んでいた人物が不意に口を開いた。
「…此処から出ていくというのは…貴方自身の意志ですか?」
ロゼルタの一切の動揺も迷いも無い、凛とした声が響き渡る。
彼の真意が分からずセオは眉をしかめながらも、躊躇いがちにこう答えた。
「…また、こんな事になって…皆を傷つけたくないから」
「それはつまり、貴方の意志ではなく周りを気遣っての事ですよね? 貴方自身は如何なのです? 此処に居たいか、居たくないか。至ってシンプルな二択ですが?」
「……っ、それは…」
「では、質問を変えましょう。貴方は周りの人に死ねと言われたら死ぬんですか?」
はぁ、と小さく溜め息を零してから、矢継ぎ早に質問をぶつけるロゼルタ。
彼の声色が先程に比べ僅かに鋭くトーンが落ちた事に気付く者はいなかった。
「え…? それを、皆が望むなら…」
か細く、今にも消え入りそうな声。
辺りを緊迫した空気が支配する中、セオの返答を耳にするなりロゼルタの双眸に昏い光が宿った。