第3話
持て余した感情を払拭するかのように、シーツを固く握りしめるセオ。
一方、そんなセオの内心を知ってか知らずか、一呼吸置いてからこう切り出した。
「兎も角、暫くは此処で養生するように。…分かりましたね?」
「え? それはいいんですけど…でも此処王宮ですよね? 流石に俺みたいな一般人が何時までも此処でお世話になる訳には…」
「謂わば特例ですね。まぁ、此処に置いているのは監視と云う面も含まれているのですが」
しれっと言い放たれたロゼルタの言葉が、チクリとセオの胸を刺してゆく。
そして、躊躇いがちにロゼルタを見上げながら、恐る恐るこう問いかけた。
「あの…そういや俺ってどうなっちゃってるんですかね…? また、怪物の姿になったら…」
「その危険性が全く無いとは言い切れませんが、恐らくは大丈夫でしょう。施した封印が破壊されない限りは」
「ふ、封印…? そっか、そんな事まであったのか…」
異形の姿に変貌していた時の記憶が混濁していた為、その辺りの事もまるで覚えていないらしい。
曖昧とは言え一応は大丈夫そうであると言われれば、ホッと胸を撫で下ろすセオ。
「あと、貴方の今後の身の置き所についてですが。臣下や騎士団、宮廷魔術師等の意見を踏まえた上で、私が判断いたしました」
「……! 俺…どうなっちゃうんですか? やっぱり騎士団には…」
セオの顔が自然と緊張の為か強張ってゆく。
悪意は無かったとは言え、あれだけの事をしでかしてしまったのだからどんな厳罰も受け入れざるを得ない。
「それは……」
ふと、ロゼルタの唇の動きが止まる。
固唾を飲んで彼の言葉を待ち構えていたセオはお預けを食らってしまったような形になり、かといって促す訳にもいかずに不安そうな眼差しを向けるばかり。
一方、何かを感じ取ったらしいロゼルタはわざとらしく大きなため息を零せば、おもむろに扉へと歩み寄る。
ドアノブに手をかけると、呆れ果てた声色でこう言い放った。
「全く…盗み聞きだなんて趣味が悪いですよ」
「どわああぁぁっ!?」
ロゼルタの言葉と共に扉が開かれるなり、間抜けな叫び声と複数の人間がどたどたと雪崩れ込む音が部屋中に響き渡る。
驚愕のあまり目を見開いたセオの視界の先に映り込んだのは、派手に前のめりに転倒して将棋倒し状態になっているユトナとキーゼの姿。
どうやら扉に寄りかかって聞き耳を立てていたのだが、ロゼルタの手によっていきなり扉を開かれた為支えが無くなりバランスを崩して転倒してしまったのだろう。
何とか立ち上がって服についた埃を叩き落とせば、ユトナの怒りは真っ直ぐロゼルタへと向けられる。
「いってー…オイコラ、いきなりドア開けんなよ危ねーだろ!」
「おやおや、まさか扉に貼り付いて聞き耳を立てているとは露程も思いませんでしたからねぇ。全く、行儀が悪いですよ」
「う、それは…」
「あはははー…てへぺろっ☆」
痛い所を突かれてぐっと言葉に詰まるユトナに、てへっと舌を出してその場を誤魔化そうとするキーゼ。
一方、そんな2人を冷ややかな眼差しで見遣るのが彼らの後ろで佇むネクトだ。
「だから盗み聞きは止した方が良いと言及したのに…若殿の御前で失礼だぞ」
「あ、なにあんただけいい子ぶってんだよーずるいだろ! おれ達と一緒に此処に来た時点であんたも同類だろ?」
「ぬ…それはセオが心配だったから、仕方なく…」
何時の間にやらキーゼとネクトが不毛な言い争いになりそうだったので、早めにそれを打ち切るべくロゼルタが声を上げた。
「本当に賑やかで仲の宜しい事ですね。事情は私の方で把握していますから、今回に限っては構いませんよ」
「いやー悪いなホントに。…あ、そういやセオはっ!?」
決まり悪そうにポリポリ頭を掻くユトナであるが、本来の目的を思い出せばすぐさま忙しなく辺りを見渡す。
視界の隅にセオの姿を捉えるなり、セオの何処か申し訳なさそうな声がユトナの耳に飛来した。
「えーと…何か色々ごめん。一応、この通り俺なら元気だから」