第2話
「それ、は…」
自分が“醜い化け物になった事か”──喉元まで出掛かった言葉は何かに堰き止められたかのように抑え込まれ、そのまま飲み込んでしまう。
言いたくは無かった…否、認めたくなかったのかもしれない。
暴走して、仲間や皆に危害を加えようとしたのは揺るぎ無い事実なのだから。
口に出して、全てを自分の中に抱え込むのが怖い。
どうして自分があんな異形の怪物に変わってしまったのか──自分の身に宿る奇妙な存在が少しずつ、自らを蝕んでいくように感じられたから。
何かが自分の中からじわじわと浸食してゆき、気が付けば自分の力で指一本動かす事も、言葉一つ発する事も出来なくて。
次第に薄れゆく意識。目の前の視界は、まるで緞帳が下ろされるように強制的にブラックアウトされてしまった。
けれど、最後に聞こえたあの声は──…
「…その様子だと、大体の事は把握しているようですね」
「え、あ…その、ほとんど覚えてはいないんですけど、断片的には…」
セオが思考の渦に引き込まれていった後、知らず知らずのうちに表情を曇らせ俯いてしまったようだ。
彼の変化をいち早く見抜いたロゼルタは一瞬にして察知したらしく、静かな口調でそう呟く。
一呼吸置いてから、核心を突くような質問をぶつけた。
「では、自分が異形の怪物に変貌して街を襲ったという事実は理解していますか?」
「……っ、何となく、ですけど…」
何となく、理解していたつもりだったけれど。
他人からきっぱりと事実を突き付けられると、こんなにも胸を抉られるものなのか。
速まる鼓動を咄嗟に胸を押さえて落ち着かせつつ、セオは途切れ途切れながらも努めて冷静に振る舞った。
「それでは質問を変えましょう。何故貴方は自分がこんな暴走をしてしまったのか…理由は御存じで?」
「いえ…分かりません。自分でも、何が何だか…」
力なく首を横に振るセオ。
ロゼルタの懺悔にも似た告白という形で、セオの暴走を止める為に一同が奮闘した際に真実は語られたのだが、どうやらその時セオの意識は封じ込められてしまったらしく全く覚えていないようであった。
それならば、とロゼルタはゆっくりと口を開く。本来、一番事実を知っておくべき存在に、全てを教える為に。
「──…これが私の知る全てです。貴方には、何一つ落ち度は無い。貴方は…巻き込まれただけです。そして、巻き込んでしまったのは私と…オブセシオン。故に、貴方が気に病む必要は無いのです」
「……!? そ、そんな事って…う、嘘ですよね!? 王宮でそんな事していたなんて…!」
「残念ながら…。その件に関しては、弁解の余地もありません…。本当に申し訳ない事をしたと…何度謝っても済む問題では無いと理解しています」
真実を目の当たりにしたセオが、おいそれとそれを飲みこめる筈も無く。
顔を歪め縋りつくようにロゼルタに詰め寄るセオの表情には、突き付けられた真実を信じたくない、嘘であってほしいという気持ちがありありと浮かんでいて。
しかし、ロゼルタが返した言葉はあまりに残酷で、セオの身体を容赦なく切り裂いていった。
「そんな…! じゃあ、俺は…」
様々な感情が混じり合い、ぶつけるべき言葉も見つからずどんどん声のトーンを落としてしまい最後にはその場に俯いてしまうセオ。
けれど、思い当たる節が無いとも言えない。それは、幼少の頃の友人の事。
ずっと仲良しだったその友達は、ある日を境に自分の前から姿を消してしまった。
何せ幼少の頃の記憶だから曖昧なのは仕方ないし、きっと友人は何処かに引っ越しでもしたのだろう、そんな風に思い込んでいたけれど。
もしかして、友人は──…
そんな思いがふとセオの脳裏を過ぎるが、すぐにそんな邪推を頭から追い出そうとぶんぶん頭を左右に振る。
…と、ロゼルタの説明を聞いて尚の事気になったのは、そうまでしてオブセシオンが記憶を蘇らせようとした1人の女性の事。
「若様、あの……いえ、何でも無いです」
「……? そうですか? 途中でやっぱりいいと言われると余計気になるのですが…まぁ良いでしょう」
ロゼルタは訝しげに片眉を吊り上げたが、それ以上の追及はしなかった。
一方、再び床へと視線を落とすセオ。
聞いてはいけないような気がしたのか…それとも聞くのが怖かったのか。
何にせよ、セオにあと一歩踏み込めるだけの勇気が今の時点では無かったようだ。
──まさか、自分がこんな形でオブセシオンの計画に関わっていたとは露程も思わなくて。
記憶が戻ったのは喜ばしい事だが、だからといって他の者を犠牲にしてもいいと言いたげなオブセシオンのやり方が気にくわないというのも事実で。
どうしていいのか、どう自分の気持ちを収めればいいのか…気持ちの落としどころが分からなくて様々な感情が噴き出すばかり。