第1話
──長い、長い夢を見ていたような気がする。
ずっと深い昏い暗闇に囚われて…幾ら声を張り上げて助けを呼んでも、自分の声は誰にも届かない。
此処から逃げ出そうと足を踏み出そうとするも、地面から湧き上がった黒い影が自分の足をしっかりと掴んで離さない。
むしろ、もがけばもがく程深みに引きずり込まれてしまうような気がして。まるで、底なし沼に嵌まってしまったかのよう。
そして、不意に聞こえる不気味な声。
自分は結局何も手に入れる事など出来ないと…望めば望むほど、それはお前の手のひらから零れ落ちてしまうのだと。
必死に耳を塞いでその声から逃れようとするも、脳内に直積響いて来るのでまるで意味がない。
自分はこのまま深い闇に囚われてしまうのか…そう諦めかけた時。
誰かの声が聞こえたような気がした。
それは懐かしくて…自分に安らぎを与えてくれる、そう…大切なあの人の──…
「……、んぅ…?」
世界は一転、ゆっくりと瞼を開いた先には広い天井が広がるばかり。
自分は一体何処に居るのか、一体どうなってしまったのか…全く現状を把握出来ず、かろうじて理解出来る事と言えばどうやら自分はベッドに寝かされているという事だけ。
視線だけを彷徨わせてみるがどうにも視界が悪く、それならば起き上がろうと身体に力を込めた…のだが。
何故かとてつもない疲労感と脱力感に襲われ、まるで自分の身体ではないように思い通りに動いてはくれない。
指一本動かすにも酷く労力を消耗するようにさえ感じられ、果たして自分の身体は鉛のように重くなってしまったのか…そんな馬鹿げた推論さえ頭を過ぎってしまう。
それでも僅かに残された体力を振り絞って上体を起こせば、ようやく自分の身に起こった違和感に気付く。
妙に首と両手首に違和感を感じたのだがそれも無理はない、彼の両手は拘束されて鉄製の手枷が嵌められ、さらには首に首輪がつけられそれには鎖が繋がれている始末。
僅かにでも頭を動かせば、いちいちジャラリと鎖の擦れる音がするのだから、鬱陶しい事この上ない。
そもそも、何故自分は此処まで厳重な拘束をされなくてはならないのか。
気を失う前の記憶を呼び戻そうと、必死に頭を巡らせた…その時であった。
「…おや、お目覚めですか? セオルーク=リゼンベルテさん」
「ふぇいっ!? びび、びっくりした……って、もしかしてロゼルタ王子!?」
不意に背後から声を掛けられて、飛びあがるが如く驚愕するセオ。
慌てて振り返った先には、よもや予想だにしていなかった高貴たる人物──ロゼルタの姿があった。
ロゼルタはセオの態度も全く意に介さず、口元に笑みを貼りつけたままゆっくりと彼の傍へと歩み寄る。
あくまで平静さを保ちつつ、本心を押し殺したような声色でこう話しかけた。
「お加減は如何ですか? 何処か痛む所は?」
「いえ、その…痛い所とかは特にないんですけど…。でも、妙に身体が怠くて」
「それも無理はないでしょう、あれだけの事があったのですからね。それから…貴方は丸一週間ずっと眠っていたのですよ」
「い、一週間もっ!?」
昏睡状態では時間の感覚が無いのも無理は無かろう、ロゼルタの言葉に目を見開いて驚愕を表すセオ。
そんなに長い間眠っていたのか…と頭を抱えようとするも、ジャラリと鎖の耳障りな音がセオの耳に飛来して思わず顔をしかめる。
「…あ、申し訳ないですね、貴方が気絶している間に付けさせて頂きました。かなり不便はあるでしょうが、我慢して頂けると幸甚ですよ」
「え、ああ…。まぁ今の所、そこまで不便は無いんですけど…その、どうして…?」
おずおずとセオが問い掛ければ、ロゼルタの表情に僅かながら陰りが生まれる。
ありのままを話すべきか、否か──彼なりに躊躇っているようにも見えて。
「その前に、一つお伺いしても宜しいですか?」
「え? まぁ…俺に分かる範囲でしたら答えますけど」
「……、貴方は気絶する前の事を、どの程度覚えていらっしゃいます? 何も覚えていなければ、それでも構いません」
探りを入れるようなロゼルタの問い掛けが、セオの心を突き抜けてゆく。