第13話
「…良いか、お主の魔力を借りるぞ」
「え? それってどういう…っ!?」
セルネの言葉の真意が分からず聞き返すレネードであったが、すぐに身を以って知る羽目となる。
不意に身体の中を巡る力が根こそぎ奪われるような…強烈な脱力感を覚えて思わず言葉を失うレネード。
視界はぼやけ、まるで全力疾走をしたかのように息苦しくなり肩で息をし、遂には立っている事さえままならずその場に片膝をついてしまった。
霞む視界を必死に彷徨わせてレネードへと視線をずらせば、彼女の身体を淡い光が包み込んでいた。
「ふむ…上出来じゃ。では、封印の儀を始めるぞ」
満足そうに呟いてからセオへと視線をずらし、再び呪文の詠唱を始めるセルネ。
万が一何か暴走でも起きてしまった時の為にユトナとシノアがセルネの護衛に当たる中、セルネが片手を翳すとセオの足元に魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣から湧き上がる閃光はセオの身体に纏わりつき、彼の体躯はあっという間に光に飲み込まれてしまった。
まるでその場の時が止まってしまったかのように、誰もが言葉を発する事も動く事も出来ずに固唾を飲んで成り行きを見守る。
しかしそのまま膠着状態が続き、痺れを切らしたらしいユトナがポツリとぼやく。
「なぁおい、コレ本当に大丈夫なのかよ? セオ元に戻らねーじゃん」
「大丈夫だよ、僕は信じてる。セルネ様の事も…セオの事も」
「……何だよその余裕。シノアの癖に生意気な…よし、それじゃオレもセオの事信じるぜ」
シノアの確信しきったような、何の迷いも宿さない眼差しにムッとむくれて頬を膨らませるも、自分も信じて待つ事にしたらしいユトナ。
…と、2人がそんな会話を交わしている間に、セオの身体を包み込んでいた光が少しずつ収束していく。
それと同時に、光が和らいだ事でセオの身体の輪郭が少しずつ露になっていった。
彼の輪郭は、普通の人間と何ら変わりのないもの。
それが示唆する事実に一同が胸を撫で下ろす中、いてもたってもいられずその場を飛び出したのはレネードだった。
光が止み──というより、セオの体内に眠る魔耀石の中に光が閉じ込められた、といった方が正しいだろうか──元の姿を取り戻したセオではあるが、意識は手放したままでその場に力なく崩れ落ちそうになる。
だが、彼が地面に叩きつけられる事は無かった。
駆け出したレネードが咄嗟に彼の身体を支えたから。
男であるセオの体格はレネードよりもがっしりしたものであるが、何故だかレネードには彼の身体が儚げで、今にも壊れてしまいそうに思えて。
きっと彼は、自らに降りかかった災難にも…そしてこの世界そのものにも、絶望していたのだろう。
けれど、その気持ちを押し込めて全部1人で胸の内に抱えていたのかもしれない。
レネードは昔の記憶を取り戻すと同時に、彼との思い出を封印されてしまった。
セオと一緒に居た時の記憶を失ってしまったレネードにとって、自分を大切に想ってくれるオブセシオンの傍が自分の居場所だと思っていた。
それに何の疑問を抱いてはいなかったし、オブセシオンが捻じ曲げてしまった記憶しかない彼女にとって、そう思うのも無理は無いだろう。
けれど、今は違う。
全てでは無いけれど、固く施錠された記憶の扉が開いてしまったから。
セオの心の闇を、知ってしまったから。
いつも、どんな時でもレネードの傍に居て支えてくれたのはセオ、だから。
今度は自分がセオを守る番。
そこで思考を締め括るレネードの表情は、霧が取り払われて晴れやかなものであった。
未だ固く目を閉じたままのセオに、レネードはそっとこう囁いた。
「セオ君…お帰り」
──と。