第12話
それは、怪物の耳に確実にレネードの声が届いた証拠。
一方、レネードでさえ、何故その単語を口走ったのか明確な理由は分からず自分は一体何を言っているのだと言いたげに自らを訝しく思うばかり。
(わたし、何を言ってるの…? でも、凄く懐かしい言葉……ううん、違う…わたしは…あたしは知ってる、この言葉を…!)
刹那、レネードの双眸に確かな意志を宿した光が灯る。
出口の無い迷路に迷い込んでいた女が、遂には出口を自ら見つけ出し──というより、壁を破壊して無理矢理出口を創り上げた、と言った方が正しいだろうか。
確かな決意を持って怪物を…否、セオを見上げたレネードの身に突如降りかかる、予想だにしない現実。
セオの回りを包み込むように透明の水がドーム状に壁を創り上げ、彼の姿を完全に覆い尽くしてしまった。
さらには外部からの侵入を拒むかのように、水の膜の外側に突風が巻き上げられ、それはまるで風の檻のよう。
恐らくは、誰かが確かな意志を持ってセオの動きを拘束──否、彼の身を護ろうとしたのだろう。
一体何事かと目を白黒させるレネードの元に、2人の男の声が飛来した。
「…全く、セオを助ける為とは言え…貴殿と協力するなど虫唾が走る」
「へぇ~そりゃ奇遇だな、あんたと気が合うなんてガチで気分悪いけど、セオを助ける為ならしょうがねぇから我慢してやんよ」
何処まで行っても犬猿の仲である、キーゼとネクト。
互いに不愉快そうな視線をぶつけ合うも、目的は一緒の為渋々協力し合っているのだろう。
先程の水の壁、そして風の檻は2人の仕業であろう。
「…皆さん、御苦労でしたね。後始末は私達がしますので、貴方達は下がっていて下さい」
労いとその場から離れる様に騎士達に声をかけるのはロゼルタだ。
幾ら彼らの主である王子がそう言ったとは言え、この非常事態に尻尾を巻いて退散する訳にもいかないとさらに食い下がる騎士達。
「若殿…! 有り難きお言葉、身に余る光栄に御座います。しかし、今この場を離れる訳には…」
「申し上げたでしょう? 後始末は私達がやると。これは命令…と言えば、貴方達も理解なさいますかね?」
「……! か、畏まりました!」
穏やかな双眸の裏に、鋭く冷たい光が騎士達を貫く。
その視線に萎縮してしまった騎士達は、深々と頭を下げてからその場を立ち去っていった。
「…さて、人捌けはしましたよ。後は頼みましたからね」
ロゼルタの視界に映り込むのは、まるで勝利を確信したかのように自信たっぷりの表情で辺りを見下ろすセルネの姿。
彼女はロゼルタの発言を鼻で笑いつつ、尊大な態度でこう言い切った。
「フン、誰に申しておるのじゃ。原因が魔耀石の暴走によるものと分かった今、対策は幾らでも講じる事は可能じゃ。…して、そこの夢魔の娘よ」
いきなりセルネから声を掛けられ、自分を指差しながら素っ頓狂な声を上げるレネード。
「…へ? もしかしてあたし?」
「勿論、他に誰が居るというのじゃ。…そなたは、セオ…と申したか? 其奴の為に身を差し出す覚悟はあるかえ?」
「…あたしは…セオ君の事助けたい。セオ君を深い闇から救ってあげたい…!」
レネードの口から放たれたのは、何物にも揺るがぬ強い意志の証。
セオを凛とした表情で見上げる彼女の表情には、一切の迷いも戸惑いも感じさせなかった。
それは、彼女が失われた記憶を取り戻した証拠。
レネードの態度に満足したのか、コクリと頷いて見せるセルネ。
次いでセルネの興味はセオへと移ったらしく、彼女の視界には怪物の姿だけが映り込む。
「よし…では行くぞ。他の者はセオが逃げ出したりせぬよう細心の注意を払え、良いな」
セルネの鈴の鳴るような声が凛とした緊張感をもたらす。
彼女は高らかに一つの呪文を唱えた。