第11話
「何なんだこの化け物は!? まさか、蒼月の日に生まれた魔物か!? おのれ、街の中にまで侵入してくるとは…!」
目の前には見た事も無い異形の魔物の姿。
破壊された建物や人々の逃げ惑う姿を見れば、この怪物の仕業である事は最早明白。
騎士達が明らかな敵意を向けるのも、ある意味至極当然であろう。
「皆、良いか! 怪物の討伐に当たれ!」
指揮官らしき騎士の命令を皮切りにして、一斉に臨戦態勢を取る騎士達。
このままでは、さらに悲しい事が起こってしまう──レネードは本能的にそれを感じ取った。
そんな彼女が無意識に取った行動は、騎士達やセオだけでなく…自分自身でさえ、予想だにしないものであった。
「あ、あの…っ、待って下さいっ。きっとその、色々と事情が…」
「…ん? 何だお前は?」
「わたしは…えーっとその、何て説明したらいいかよく分からないんだけど、でも…」
突如セオを庇うような形で騎士達の前に立ちはだかるレネードの姿に、騎士達といえば訝しげな視線をぶつけるばかり。
レネードもまだ、自分が何故こんな行動に走ったのか明確な理由が見つからず、それ故歯切れの悪い返答しか出来ずに狼狽えるばかり。
すると、騎士達は今度はレネードに猜疑の眼差しをぶつける。
彼女の夢魔としての容姿に気付くなり、彼らの態度が一変した。
「…成程、魔物の手引きをしたのは夢魔の仕業か。…女、其処を退け。退かないのなら、魔物と共に排除する」
「ち、違っ…わたしはそんなんじゃ…!」
「ならば何故その化け物に肩入れするのだ?」
「そ、それは…わたしにも、良く分からないけど…でも、一方的に排除するだなんて、そんなの…!」
必死に思いを吐露するものの、騎士達の胸には届かない。
相変わらず訝しげな視線をぶつけながら、騎士の1人が大きく溜め息を吐いた。
「…警告は通じなかったようだな。…両方共殺れ」
冷徹な言葉が辺りを切り裂く。
それを契機に、身構えていた他の騎士達が一斉に地面を蹴り上げる。
眼前に刃が迫り来ようとも、レネードはまるで足が石になったようにその場から動こうとはしない。
足が竦んでしまったから…それも、まるで無かったとは言えない。
けれど、それだけではない…彼女を胸を突き動かす、確かな意志が其処にはあった。
致命傷は避けようと身構えつつ、衝撃を恐れたのか反射的に固く瞼を閉じるレネード。
しかし、幾ら経っても想定していた痛みも衝撃も、訪れようとはしない。
恐る恐る瞼を開いた先に、予想だにしない光景が広がっていた。
「え…? ど、どういう事…?」
訳が分からず、目の前に広がる光景に瞠目するしか出来ないレネード。
だが、それも無理は無いだろう。
怪物──否、セオが彼女を守る様に立ちはだかり、騎士達が放った刃をその身に受け止めたのだ。
刃は皮膚を切り裂き、傷口からは鮮血がとめどなく溢れ落ちる。
その色は人間と同じ…真紅の色。何一つ、人間と変わらない色。
「もしかして…わたしを庇ってくれたの…?」
茫然としながらも、何とか頭に浮かぶ疑問を口にするレネード。
彼女の言葉を理解していないのか、それとも言語を話す機能を持ち合わせていないのか…怪物からの返答は無かった。
それは一瞬痛みに顔を歪めると、けたたましい咆哮を上げ激しく身体を揺さぶる事で身体に突き刺さった武器ごと騎士達を払い除ける。
騎士達はすぐに体勢を立て直し再び警戒を露にするように怪物を睨み付けるが、レネードの彼らの姿などまるで眼中になかった。
狂気の赴くまま暴れ回る化け物なんかじゃない。
いつもレネードの事を見守ってくれた、優しいひと。
靄に支配されたレネードの胸に、不意に浮かんだ一つの単語。
知らない筈なのに、でも何処か懐かしい…大切なひとの、名前。
「……セオ、君…?」
──刹那。怪物が一瞬目を見開くと、明らかにレネードの言葉に反応するかのようにピタリとその場に硬直した。