第10話
唸り声のする方と確実に距離は縮まっている筈。
その証拠に、けたたましい咆哮に混ざって、人々の恐れ戦く悲鳴、助けを求める声、そして建物が破壊される轟音。
その光景を目の当たりにせずとも、聞こえてくる音だけで安易に想像する事が出来た。
恐らく、それは目を背けたくなる惨状──…。
「──…いた!」
不意に顔を上げるレネードの視界に映り込んだのは、彼女が先程予想していたのと同じくらい…否、それ以上に酷い有様であった。
立ち並ぶ住居は破壊され、瓦礫からは黒煙が燻っていた。
逃げ惑う人々を尻目に見遣りつつ、そんな人々に興味があるのか無いのか…騒ぎの中央に佇む化け物は、虚空を見つめて一際大きな咆哮を上げた。
しかし、わざわざ此処まで足を運んだのは良いものの、一体自分に何が出来るというのか。
むしろ、何と声をかけて良いのか、何を成すべきなのか…結論を出せないレネードは、その場に茫然とするばかり。
だからといって、手を拱いている訳にもいかない。
恐らく騒ぎを聞き付けた騎士団が、こちらに派遣される事となるだろう。
そうなれば、事情を知らない彼らは…否、事情を話した所でどうにもならないだろうし、目の前の化け物を街を襲う魔物として討伐する筈だ。
最悪の事態になる前に、何とかしなくては…レネードは、何故だか本人も分からぬまま、奇妙な使命感を抱いていた。
何とか気持ちを奮い立たせ、恐る恐る化け物──セオの顔を見上げた。
「待って、もう止めて! なんで貴方はそんな事するの!?」
レネードの声が届いたか否か──刹那、セオの動きが一瞬止まった、ように見えた。
しかしすぐにレネードの方へと視線をずらせば、左腕を大きく横一線に薙ぎ払う。
凄まじい衝撃波がレネードに襲い掛かり、吹き飛ばされそうになるも身構えつつ強くたたらを踏みしめ何とか何を逃れる。
衝撃波と共に路傍の石がまるで石つぶてのように彼女の身体を叩きつけるも、その痛みに耐えつつ改めてセオを見上げた。
──何となく、分かったような気がする。
今のは只、闇雲に攻撃をしようとした訳でも怒りに我を失っている訳でも、ましてや獰猛な化け物で知性が無い訳でも無い。
彼の双眸が、何かを訴えかけているように見えたから。
「今のは…拒絶の意志、だよね…? この世界の何もかもを拒絶して、殻の中に閉じこもってるように見えるの…。貴方は、ただ暴れている訳でも無いし、人を傷つけるのが何よりも嫌いなんじゃないの…? 貴方の瞳が、そう言っているのように見えたよ」
「……っ」
セオの動きが止まる。それは確実に、レネードの言葉が彼に届いた証拠。
しかも、彼は少なからず動揺を抱いているようであった。
レネードはホッと安堵の息を吐きつつ、けれどどうして自分はそんな事を断言出来たのか…新たな疑問が脳裏を過ぎる。
…と同時に、何か大切なものを忘れてしまったような…胸の奥に深い霧がかかり、全てを覆い尽くしてしまったような、そんな不思議な感覚に襲われて。
けれど、何を忘れてしまったのか、それさえ思い出せなくて。
それでも…彼の眼差しから目を逸らす事が出来ない。
哀しみに彩られたその奥底に、優しい光を宿しているその瞳を…。
レネードがゆっくりと言葉を紡ごうととした、その刹那。
不意に背後から物々しい足音と怒号が響き渡った。
「いたぞ! あそこだ!」
弾かれるように音のする方へと視線をずらせば、おそらく騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたらしい街の警備に当たっていた騎士達。
警戒心を露にしつつ、セオへ各々の武器を突き付けた。