第8話
──と、今までずっと沈黙を保っていたオブセシオンが、ゆっくりと顔を上げる。
その双眸は、貫くようなロゼルタの視線さえものともしない程、強い光を宿していて。
そう、言うならば…一切の迷いも罪悪感も、不安さえも感じない瞳。
「…誰にも、成し遂げたい願いはあるだろう? それを叶える事は罪なのか? 私はどうしても、果たさねばならぬ事があった…レネードを助けたかっただけだ。私にとって、レネードこそが全て。他はどうでも良い」
「どうでもいいって…そんな滅茶苦茶な…! そのせいでユトナだって、若様だって…セオだって皆、迷惑してるんだよ? それに、セオの事はどうするつもり? 失敗だの何だの、それはあなたの都合じゃないか!」
何処までも真っ直ぐで、生真面目すぎるが故に自分の事しか見えない男。
本人に悪気といった感情は一切持ち合わせていないようであるが、はいそうですかと外野が納得する筈もなく。
堪らずシノアが反論するものの、オブセシオンといえば、けろりとした表情で、
「だから、私なりに後始末をつけてやる。…やはりあの時、失敗作は破棄すべきだったのだ…」
しかし、オブセシオンが次いで移した行動に、周りの空気に緊張が走る。
翳した右手からは魔力が溢れ、呪文の詠唱を始めたのだ。
「てめぇ…性懲りもなく何するつもりだよ!? そーいう後始末は認めねーからな…! ってか、セオは殺させねぇ!」
いち早く危険を察知したユトナが、手にした双剣の切っ先をオブセシオンに突き付けながら、彼とセオの前に立ちはだかる。
刃が太陽の光を反射して不気味な光を放つも、オブセシオンと言えば特に気にする素振りさえ見せない。
「また貴様か。いい加減私の邪魔をするな」
「勝手な事ばっかほざいてんじゃねーよ! 別にてめーの願いなんざどーでもいいけど、周りの人達を犠牲にしてまで手に入れなきゃいけねーもんに価値なんかねーだろ」
取り分けユトナが向こう見ずな無鉄砲だったからオブセシオンの妨害に入っただけで、もし彼が何か事を起こそうならば、此処に居る皆が黙ってはいないだろう。
しかし、一同はそれよりも先に気付くべきであったのかもしれない。
化け物と化したセオに、ほんの僅かな異変が生まれた事に。
──あれ、俺は一体何をしてるんだろう…? それに、此処は一体何処で、何時の事なのか…どうしても思い出せない…。
──何故、皆険しい顔をして…一体何を話しているんだろう…? 必死に耳を傾けようとしても、皆の中に入っていきたいと思っても、身体がまるで言う事を聞いてはくれない。
──嗚呼、そうだ…思い出した…俺は、とんでもない不具合を抱えていて…このままじゃ、きっと皆に迷惑をかけてしまう…。
──けれど、どうしてこんな事になってしまったのだろう? 些細な事でもいい、小さな幸せが欲しかっただけなのに…俺が伸ばした手からは、無情にも色々なものが滑り落ちてゆく。
──俺は…この世界にとって、いらない存在なのかな? だったら…そう。
俺もこんな世界──いらない。
刹那。
何かが砕けるような、乾いた音がしたかと思えば、化け物の口からけたたましい咆哮が吐き出される。
何事かと思い一同が視線をずらした先には、信じがたい光景が広がっていた。
「何じゃと…!? この妾が作った結界を自力で破壊したとは…」
そう呟くセルネの表情には、プライドを打ち砕かれた悔しささえ滲ませており。
化け物の身体を拘束していた魔術は無惨にも破壊され、そこには自由を手に入れた化け物──セオの姿。
どうにかしてそれを止めようとするより早く、奴の方が一手早かった。
再び鼓膜が破れそうなくらいの咆哮が響き渡ったかと思えば、口から凄まじいエネルギーの塊を吐き出したのだ。
それは空気を焦がし、地面を吹き飛ばし、辺りの風を巻き込んで爆風へと変えてゆく。
ようやく巻き上がった砂埃が収まり視界が開けてくれば、そこには驚愕の事実が横たわっていた。
「ゲホッ、ゴホッ…。くっそいってーなオイ…。つーか皆、大丈夫か?」
何とかエネルギーの塊の直撃は免れたものの、爆風や衝撃によって体のあちこちに傷を負ったユトナが辺りを見渡したながら皆の安否を確認する。
…と、そんな彼女の視界に映り込んだのは、エネルギー弾によってドーム状に抉り取られてしまった見るも無残な中庭の床。