第5話
「全く、何をやっておるのじゃあやつは…シノア、あやつを止めて来い」
「え、僕がですか? 無理ですよそんな、ユトナは一度こうと決めたら絶対引き下がらないし人の話も聞かないですから。…それに、ユトナが一発くらい派手にやらかした方がすっきりするし」
「…シノア、お主意外としれっと恐ろしい事を言うんじゃのう…」
表情を一切変えずぼそりと呟かれた言葉は、受け流すにはあまりにも物騒過ぎて。
シノアの知られざる一面を垣間見たセルネは思わずそう突っ込まずにはいられなかった。
だが、2人がそんな会話を交わしている間にも、ユトナとオブセシオンの攻防は続く。
暫く膠着状態が続いていたが、最初に膠着を破ったのはユトナであった。
幾度となく放たれる魔法の矢を掻い潜りながら、地面を強く蹴り上げ空高く飛翔すれば、そのままの勢いを殺す事無くオブセシオンの頭上目掛けて刃を振り下ろす。
刃が太陽の光を反射して一閃すると同時に、一瞬動作が遅れたオブセシオンの肩に決して浅くない傷を与える。
…とは言え、咄嗟に身体を捻った為に致命傷は避けたようだが。
確かな手応えにニヤリと口角を吊り上げるユトナとは対照的に、オブセシオンと言えば肩に傷を負ったにも関わらずそれを全く気に留める素振りはなく。
むしろ、彼よりその後ろにいるレネードの方が衝撃を受けているようで、心配そうな眼差しを彼に向ける。
自分が負った傷へ視線をずらす事無く、ユトナが地面に着地するより先に呪文を詠唱。
片手を翳せば、幾つもの小さな光の球のようなものが辺りに浮かび上がる。
それが一体何なのかとユトナが警戒を深めるより早く、その正体を嫌と言う程認識させられる羽目となった。
一閃。光の球から一直線にレーザー線のようなものが発射される。
しかも、辺りを漂う光の球全てからそれが乱射されたのだから、余計始末に負えない。
「いってぇっ…!?」
思わず呻き声を上げながら激痛が走る自分の太腿に視線を落とすユトナ。
彼女の視線の先には、エネルギー弾によって服だけでなく皮膚まで抉られた自分の右足が映り込む。
それでも必死にたたらを踏み痛みを堪えながら重々しい足取りで何とか打ち下ろされるエネルギー弾を躱していくユトナのよそで、流れ弾のような形で迫り来るレーザーを魔術の盾で弾き飛ばすセルネ、シノア──と言ってもシノアはセルネに守られるような形であったが──の姿があった。
オブセシオンの無差別な攻撃にセルネの眉間には深々と皺が刻み込まれる。
「あの戯けめ…! これ以上の諍いで無意味であろう、セオの動きが封じたのじゃぞ!」
「…だが、その化け物が何時再び動き出すかも分からぬ…。その化け物は私が倒す、手遅れになる前にな…!」
これ以上面倒事になったら収集がつかないと、制止を呼びかけるセルネ。
しかし、オブセシオンと言えばその双眸にセルネ──そしてユトナの姿さえ映し出してはおらず、まるで何かに憑りつかれた様に譫言を呟くばかり。
異変を感じ取ったセルネは、訝しげに眉をしかめた。
「お主、その焦燥感…何か別に理由があるのではないか…?」
セルネがそう問いかけると同時に、光の球から再びレーザーが撃ち込まれる。
それが一直線に向かう先には──拘束されて身動きが取れない異形と化したセオ。
刹那、ユトナ達3人の脳裏に焦燥が生まれる。
咄嗟に自らを盾として庇う事も…魔術の力で防御する事も間に合いそうもなく。
このままではセオに直撃してしまう──そう諦めかけた、その時であった。
突如巻き起こされた突風が、レーザーの軌道を一瞬にして捻じ曲げてしまい、風に巻き上げられるような形でそれらはあさっての方向へ飛んで行ってしまう。
これにはユトナ達だけでなく、魔術を操っているオブセシオンでさえ驚愕を隠せない様子であった。
「……っ!? 何だ、今の風は…!?」
「ギリギリで登場してオイシイ所掻っ攫ってくとか、おれ何気に凄くね?」
「全く…自画自賛するな」
不意に耳に飛来する、二つの声。
反射的に振り返った先には、2人の若い騎士の姿があった。
「キーゼ…! それにネクトまで…オマエらどーしたんだよ!?」
驚愕に支配された声色でそう声を上げるユトナであったが、その表情には驚愕だけでなく歓喜の色も浮かぶ。
すると、キーゼが頭をポリポリ掻きつつこう答えた。