第4話
「…じゃあ、セルネ様のお力を持ってしてもどうにもならないって事ですか…?」
「何もそこまでは申しておらぬじゃろう。原因が分からぬ事には動きようがないという事じゃ。…して、お主ら、そやつとは幼き頃から仲が良かったのじゃろう? 何か心当たりは無いのかえ?」
シノアの口振りに何となく自分の自尊心を傷つけられたような気がして、セルネは若干意地になって反論する。
一方、問い返されるような形になったシノア、そしてユトナは困惑したように眉をひそめるばかり。
「いえ、僕には全然…。セオから何か話を聞いた事もないし、ついさっきまで普通だったんだし」
「おう、オレも同じだぜ。思い当たる節なんか全然ねーから、余計困ってんだっつの」
どうやら、2人にとってもお手上げの状態らしい。
セルネもどうしたものかと手を拱いていた、その刹那──不意に強い魔力がチリチリと肌を焦がすのを感じ表情を一変させる。
一体、何が起ころうとしているのか──一瞬に判断したセルネは、ほぼ無意識のうちに行動に移していた。
「…オブセシオン…お主、自分が何をしたのか分かっておるのか…?」
「ああ、当然だ。…そこの化け物を退治しようとした。何か不味い事でもあるのか?」
能面を被ったかのように眉一つ動かさず片手を翳すオブセシオンの姿は、不気味なオーラさえ纏っているようで殊更薄気味悪く見える。
彼の手のひらには、先程放った魔力の槍を発射した形跡──魔力の塵が宝石の欠片のように舞い踊っていた。
一方、咄嗟にセオの前に立ちはだかり、瞬時に生み出した透明の盾を槍にぶつけ、相殺させたセルネ。
何の悪びれる様子も無く事も無げに言ってのけるオブセシオンに、軽い怒気を込めた鋭い視線を投げかける。
「ち、違う…! セオは化け物なんかじゃない…!」
「…では、この状況を何とする? 理性を失った化け物に説得でもする気か? …もし、レネードに危害を加える恐れがあるのならば私は容赦せぬ。元に戻らぬのなら殺るまでだ。…そこを退くが良い」
セルネに続いてセオを守る様に前に立ちはだかるシノアに、一切の感情を孕まない絶対零度の眼差しをぶつけるオブセシオン。
鋭い目つきで射殺されてしまいそうになるが、此処で引き下がる訳には行かないとぐっとたたらを踏むシノア。
「てめぇ…いい加減にしやがれッ!」
「──っ!」
一閃。空が煌いたかと思えばオブセシオンの頭上から刃が降り注ぐ。
咄嗟に身体を後ろに仰け反らせれば、刃は空を切るだけに終わった。
…と同時に、刃──双剣を放った主が地面に着地し、すぐさま体勢を立て直すとオブセシオンに燃え盛る炎のように猛り狂った視線をぶつけた。
「セオはオレ達の大事な仲間だっつってんだろーが! それに、セオは化け物じゃなくて人間なんだよ! てめーはさっきから人の命を何だと思ってんだ!? つーか何様だよてめぇ…!」
「…ああ、貴様は…魔耀石の器か。そんなに私に魔耀石を奪われたのが口惜しいか?」
オブセシオンの吐き捨てるような言葉に、ユトナの中で何かがプツリと切れるのを感じた。
後は最早、本能どころか怒りに支配されているとしか思えない動きで手にした双剣を横一線に薙ぎ払う。
「そんなんじゃねーよ…簡単に人の命を切り捨てるてめーの考えにムカついてんだよ! セオに傷一つつけてみろ、オレが許さねーからな!」
こうなってしまったら、ユトナを止めるのは至難の技であろう。
シノアは収集がつかなくなってしまった事態を目の当たりにして、頭痛を感じて頭を抱えつつも、それとは逆の感情が生まれているのも確か。
「自分があんな目に遭っても全然怒らなかったのに、セオが殺されそうになったらあんなに怒るなんて…全くもう、ある意味ユトナらしいや」
他人の為にあんなにも感情をぶちまける事が出来るのが、ユトナの長所でもあるのだろう。
暴走するユトナを早く止めなくてはと思う反面、オブセシオンには今まで散々煮え湯を飲まされてきた為少し痛い目に遭った方が良いのでは…? と、仄暗い感情が渦巻きつつあるようであった。