第3話
突っ込みを入れようと思ったものの、化け物と化したセオの節くれだった腕が眼前に迫り来ている事に気付いたユトナは間抜けな声を上げつつも咄嗟に後ろに跳んで回避する。
シノアの言葉が事実ならば、おそらく彼の助けを借りる事は困難であろう、ならば自分1人で何とかせねば…とユトナの心の中でそう独り言を零す。
弾き飛ばされた剣を拾いに向かいたい所ではあるが、どうやら向こうもそんな隙を作ってはくれないらしい。
ならば、片手に握られたもう一本の剣だけで何とかするしかあるまい──ユトナはそこで思考を中断させると、狂気に双眸をぎらつせる化け物と対峙する。
幾ら化け物に姿を変えてしまったとしても、セオである事には変わりはないし、ユトナにとっては大切な友人。おいそれと傷つけたくは無い。
もし、やむを得ない場合でも必要最低限の攻撃で彼の動きを止める事が出来るのなら──相手の攻撃を必死に凌ぎつつ思考を巡らせるユトナの脳裏に、ふと一つの妙案が思い浮かぶ。
成功する保証など何処にもないが、手を拱いている訳にはいかないと、ユトナの双眸に強い光が宿る。
セオが振り翳す鉤爪の軌道を見切るものの、その場から動こうとせず上体を反らす事で回避しようと試みるユトナ。
躱し切れなかった鉤爪の切っ先がユトナの頬を掠って赤い雫が宙を舞うが、当の本人はそんな事を気にする素振りも無く素早い動作で手にしていた剣を力の限り投擲したのだ。
狙うは一つ、攻撃を躱されたせいで回避動作がほんの僅かに遅れた化け物の──足元。
刹那、化け物の口から悲痛の咆哮が吐き出される。
…と同時に、バランスを崩した化け物がその場にふらついた為ようやく矢継ぎ早に繰り出されていた追撃もなりを潜めてしまう。
だが、それも無理は無いだろう。
ユトナが放った剣が、固い皮膚に覆われた足の先に突き刺さったからだ。
漆黒の皮膚はかなりの強度である為ユトナの剣が深々と刺さる事は無かったが、それでも相手に与えたダメージはそこそこの様子。
セオが怯んだ隙に、先程からずっと呪文の詠唱をしていたセルネも最後の仕上げに入る。
「足止め御苦労であったな…魔術は完成じゃ!」
鈴の鳴るような声で高らかに紡がれる呪文。
それを皮切りとして魔術が発動し、紫色の鞭が化け物に向かって放たれるが、それはまるで棘の生えた蔦のようで。
あっと言う間に怪物の体中に絡みついたかと思えば、漆黒の皮膚に食い込み一切の動きを封じてしまった。
「うむ、どうやら上手い具合に拘束出来たようじゃの」
こうなる事を確信でもしていたのか、一切の迷いも無く自信たっぷりに言い切るセルネ。
堂々と胸を張るセルネの傍らで、シノアも安心したようにホッと胸を撫で下ろした。兎も角、最悪の危機は脱したのだから。
「……ふぅ、良かったぁ…。でもユトナ、何で足元を狙って剣を投げたりしたの?」
「よっしゃ、これで暫くは大人しくしてるだろ……ん? ああ、咄嗟の思い付きなんだけどな。ほら、人間でも指先とか爪とかぶつけたり踏まれたりしたらすげー痛いだろ? 幾らあんな姿だってセオはセオなんだし、あんまゴリゴリ攻撃も出来なかったからさ、せめて痛みで足止め出来ればなーって思っただけだぜ」
まぁ、こんなに上手く行くとは思わなかったけど、とあっけらかんと付け足すユトナ。
咄嗟にそんな妙案が思いつく柔軟な発想力、そして確実に上手く行くという確証など無いけれど怯む事無く行動に移せる思い切りの良さ…それがユトナの長所でもあるのだろう。
「へぇ~、ユトナって何も考えてないように見せかけて、一応それなりにまともな事考えてるんだね」
「オイコラ、どういう意味だよソレ?」
「どういうもこういうも、そのままの意味だけど?」
じろり、と睨み付けれても、しれっと平然とした口調で切り返すシノア。
そこで一旦会話が終了し改めてセオの方へと視線をずらせば、拘束されて身動きが取れないままもがく怪物の姿があった。
「とりあえず、一時凌ぎにはなるじゃろうて。しかし、このままでは何の解決にもならぬ。問題は、どう処理すべきか、じゃが…」
「あの、セルネ様…何とか元の姿に戻す事は出来ないんでしょうか?」
「……。何とも言えぬな。そもそも、こんな事になってしまった原因を突き止めぬ限り、どうにもならぬのう」
セルネも今の時点ではお手上げ状態なのか、珍しく答えを渋るような口ぶり。
そんなセルネの言い方に、シノアの胸に不安が渦巻いた。