第1話
「おいセオ! オレ達の声聞こえてんだろ! だったら返事しやがれっ!」
「……! ユトナ危ないっ!」
異形の化け物を目の当たりにしても全く怯む素振りを見せないユトナであるが、化け物と化したセオには彼女の声さえ全く届かない。
それどころか、鬱陶しそうに右腕を一直線に薙ぎ払う。
一瞬回避が遅れたユトナに警鐘を鳴らしたシノアは彼女を突き飛ばすような形で庇えば、狂気の爪は空を切り裂くだけに終わった。
右腕の軌道を視線だけで追いながら、もし直撃していたら致命傷を受けていただろうとユトナの背中を冷たいものが走り抜ける感覚に襲われる。
「ユトナ、大丈夫?」
「ああ、オレなら平気だけど…何の躊躇いも無く攻撃してきやがったな、アイツ。やっぱ、我を失って暴走してんのか…?」
シノアにも、そしてユトナの顔にも、悔しさと戸惑いの色が浮かぶ。
一方、事の成り行きを達観していたオブセシオンが、鋭い言葉をぶつけた。
「本当にその化け物は元々は人間だったのか? …否、元々化け物が人間に化けていただけでは無いのか?」
「ふざけんな、セオを勝手に化け物呼ばわりしてんじゃねーよ! アイツとはガキの頃から一緒に暮らしてるけど、正真正面普通の人間だっつの!」
「ならば、この状況は何と説明する? こうして化け物と化して暴れているのは、歴然とした事実だ」
「……っ、それはそうだけどよ…」
ユトナが必死に食い下がるものの、オブセシオンに一刀両断されぐうの音も出ない。
それもその筈、セオの事は信じているものの、何故彼が突如としてこのような姿に変貌していたのか、その理由を知らないのだから。
「…確かに分からぬ事だらけじゃが、そやつを撃破するのは最終手段と考えた方が良かろうて。まずは、そやつの動きを封じるぞ」
「で、でもどうやって…?」
「フン、その程度妾の手にかかれば赤子の手を捻るより簡単じゃ。妾が捕縛の魔術をかける故、お主らはその間妾を全力で守るのじゃ。良いな?」
腕を組みながらふんぞり返って自信たっぷりの発言を残すなり、呪文の詠唱を始めるべく後方に下がるセルネ。
その一方で、いきなりそんな無茶振りをされてシノアとユトナは目を白黒させるばかり。
「ちょ、おいっ! いきなり何なんだよソレ!? つーかそもそも、ソレ人にもの頼む態度かよ!?」
「…しょうがないよ、セルネ様って普段からあんな感じだから。多分、セルネ様に何かお考えがあるみたいだし…兎も角、セオが暴走して誰かに危害でも加えたら大変だよ、僕達で何とかしよう」
「……ったく、そんならやってやろーじゃねーか」
やれやれ、と頭をわしわし掻いてから、腰にぶらさげた双剣を鞘から抜いて両手に構えるユトナ。
…と同時に、化け物がその巨大な翼を広げて大きく羽ばたきをする。
それによって巻き起こった旋風は凄まじい程の衝撃波となって一同に襲い掛かった。
「くっ…うわっ!?」
地面を強く踏み込み踏ん張っていたユトナとシノアであったが、遂には耐え切れず吹き飛ばされてしまい、数メートル飛ばされた後塀に激突する。
巻き起こる砂埃を払落し、咳き込みながらも何とか立ち上がる2人に、さらなる追撃が迫り来る。
鋭い爪を振り翳す化け物にいち早く反応したのはユトナ、手にした双剣を盾代わりにして爪を受け流した。
その隙に体勢を立て直したシノアが後方へと退却する。
一方、オブセシオンとレネードと言えば、オブセシオンが瞬時に発動した防御壁により事なきを得ていたようだ。
暴れ狂う化け物をその視界に収めると、不愉快そうに眉間に深々と皺を寄せるオブセシオン。
「レネードが無事だから良かったものの…全く、温い連中だ。そんな化け物、倒してしまえば良いものを」
「でも…シオン、わたし見てたんだけど…さっきまではあのセオって人、普通の人間だったんだよ? こんな風になっちゃったのも、きっと何か原因があると思うの。だから、それが分からないうちにやっつけちゃうのは早すぎるわ」
ふるふると首を横に振りながら、オブセシオンを必死に説得しようとするレネード。
確かに、オブセシオンの言い分も一理無い訳では無い。
けれど…どうしても賛同出来ずにいた。