第16話
「……っ、何故こんな化け物が城内に…? 一体どうやって侵入してきたというのだ…?」
城は騎士達が鉄壁の警備を誇っているし、魔術での侵入を防ぐ為に日々宮廷魔術師達が結界を張って警戒している。
それに、これだけ巨大な化け物が裏庭にまでやってくるには、その道中騒ぎになっても可笑しくない筈だ。
だが、この化け物はそれこそ唐突に、姿を現したといっても過言では無い。
「フン、まぁ良い。事情が何であれ、レネードに危害を加える者は何人であっても許さん」
化け物が何者で、一体何処から現れたのかは最早オブセシオンにとってどうでもよい事。
レネードさえ無事であれば…彼女さえ守る事が出来るのならば、他はどうでもよい。
「レネードの前から一刻も早く消え去れ。さもなくば…」
オブセシオンの双眸に鋭い光が宿り、敵を倒さんと呪文の詠唱を始めようとした、その刹那。
「ま、待って…シオン、攻撃しないで…!」
咄嗟にレネードが制止しようとするも、時すでに遅し。
完成した呪文はオブセシオンの唇から零れ落ち、それは彼の体内に宿る魔力を強大な力へと変えてゆく。
漆黒を纏った魔法の矢が幾つも宙を浮かべば、一斉にそれらは意志を持ったかのように化け物へと真っ直ぐ発射される。
不意を突かれた化け物は一瞬回避動作が遅れ、漆黒の矢がその皮膚を打ち破ろうとした──のだったが。
突如化け物を守るように生み出された透明のシールドによって弾き飛ばれてしまい、シールドと矢は力をぶつかり合わせた結果相殺されてしまった。
「……!? どういう事だ…今のは魔術…?」
「悪いが、今の盾は妾がもたらしたものじゃ。安易に攻撃させる訳にはいかんのでな」
「貴様…どういうつもりだ? 宮廷魔術師である貴様が、城に侵入してきた化け物を肩を持つのか?」
突如オブセシオンの耳に飛来するのは、鈴が鳴るような可憐な声。
声の主──セルネは何とも言えないような、複雑な表情を浮かべたままオブセシオンを見据える。
「違う。そやつは只の化け物では無い。その正体は……」
「おい、セオ! 一体何だってんだよ!? どーしてオマエがこんな姿になんなくちゃなんねーんだ!?」
「ど、どうして…? どうしてセオがこんな事に…」
セルネの声をかき消すようにして放たれた、双子の切羽詰まった声。
声のする方へと視線をずらせば、そこには化け物と対峙し必死に何やら語りかけるシノア、ユトナの姿があった。
「そこの2人…人間の名前らしき単語を叫んでいたが、もしや…」
ようやく察しがついたのだろう、ハッとなるものの俄かには信じがたい、と言った様子で眉をしかめるオブセシオン。
そして、彼の疑念を後押しするように、セルネが駄目押しの一言を放った。
「…うむ。どういう原理かは知らぬが…そこの異形の生物の正体は人間、しかも…セオという青年のようじゃ」
セルネが言い放った事実は、一同にこの現実から目を逸らすなと…重い枷となって辺りの空気に伸し掛かっているようであった。