第14話
「……ユトナ、戻ろう」
「へっ? オマエ…ちょっと待てって!」
眩しい程のレネードの笑顔を見ているのが辛くて…この場から逃げ出したくて、踵を返すセオ。
慌ててユトナが引き留めようとするも、セオの耳には届かない。
──今になって、ようやく分かったような気がする。
自分が、レネードに対してどんな思いを抱いていたのかを。
けれど、何もかもが遅すぎた。今更気づいた所で…もうどうにもならないのだから。
こんな事になるくらいなら、自分の気持ちなんか気づかなければ良かった。
どうしていつも、自分はこうなのだろう。
要領の良い人達が自分の目の前で幸せを手にして行くのを、遠目にただ見ているだけしか出来なくて。
必死に手を伸ばしてみた所で、本当に欲しいものはいつも自分の目の前で擦り抜けていってしまう。
それならばいっその事、何も望まない…何も願わない方が良いのかもしれないとさえ思えてくる。
「だから待てっつってんだろ! 確かにセオと一緒に居た事は忘れてるみてーだけど、そんだったらまた最初からやり直しゃいい話だろ!」
「…もういいんだ。俺の我が侭を押し通す訳には行かないよ」
セオの隣を必死に追いかけながら食い下がるユトナであるが、やはりセオといえば無理矢理作り笑いを浮かべたまま歩く速度を遅めようとはしない。
自分の気持ちを押し殺して、必死に胸の奥に押し込めながら。
──嘘吐くなよ、本当はそんな事思ってないんだろ?
「──っ!?」
不意に脳裏に湧き上がる、一つの声。
耳を塞ごうとしてもその声は脳の奥に直接響き渡るせいで、全く効力を成さない。
だが、それもその筈。その声はセオ自身──彼の真相に眠る人格が発している声なのだから。
──本当は、自分の思い通りにしたいんだろ?
違う…そんなんじゃない。
俺は、俺はレネードさんの事を…
──諦めたくない、自分の気持ちを貫きたい。例えそれがどんな結果をもたらそうとしても。
それがお前の本心だろう?
か…勝手な事を言うな、誰なんだお前は…喋るな、俺の脳裏から消えてくれ!
──酷い言い草だな…俺はお前、お前は俺なのにな。
もういいだろ?お人好しの仮面を被らなくてもさ。レネードとあの魔術師が幸せになるくらいなら、いっその事…
…止めろ、止めろ止めろ止めてくれこれ以上言わないでくれ…!
──ドクン。
セオの胸の奥で、何かが蠢く。
と同時に胸が締め付けられるような感覚に襲われ、苦しげに顔を歪めると立っている事さえままならずその場に膝をついてしまった。
「おいセオ! いきなりどーかしたのかよ、大丈夫か!」
「う…ぐっ、胸が、苦しい……あぐぅっ!?」
セオの異変を察知したユトナが心配そうに眉尻を下げながら駆け寄るも、今のセオにはそんな彼女の姿さえ視界には映してはいないようで。
身体の奥で何か──強い力が湧き上がってくるような…膨れ上がった力が自分の体の中では収まり切らなくなって、今にも破裂してしまいそうな…そんな奇妙な感覚に襲われる。
──みんな、みんな…壊れてしまえばいい。
何処か遠くで、そんな声が聞こえたような気がして。
刹那、セオは必死に繋ぎ止めていた意識を手放した。