第13話
「……ふぅ、これでよしっと。やっぱり久し振りに仕事するとどっと疲れが出るんだよね…」
裏庭の目立たない所に置いてある焼却炉に大量のゴミ袋を放り込んだシノアは、額にじんわりと浮かんだ汗を拭いつつやれやれ、と盛大に溜め息を零す。
──あれから数日経ち、蒼月の日の傷痕も少しずつ癒えていくと同時に人々もようやくその事を頭の隅へと追いやった。
それは一同も例外では無く、暫くの休養を余儀なくされていたユトナも体調が回復したとの事で騎士団へ復帰し、それに伴いシノアもメイドの仕事へと戻ったのだった。
掃除洗濯に食事の準備、次々とやる事が降ってきて相変わらず目が回りそうになるくらい忙しない。
しかも体力もごっそり奪われていく重労働も多いのだから、強靭な体力と精神力を持ち合わせた女性でなければ到底勤まらないであろう…そんな事をぼんやり考える。
重いものを持ったせいで腰が痛み、まるで老人のように腰を軽く拳で叩きながら、城に戻ろうと踵を返すシノア。
丁度中庭へ差し掛かった頃、垣根の茂みに隠れるようにして佇む影が一つ。
一体こんな所で何をしているのだろう…? と些か不審さを覚えるシノアであったが、影に気付かれないように一歩ずつ距離を縮めていく過程でその影の正体に気付いたシノアは、驚きと呆れが入り混じったような表情を浮かべた。
「…セルネ様、覗きなんて趣味悪いですよ」
「……っ、何じゃシノアか。驚かすでない。それに人聞きが悪いぞ、妾は決して覗きなどしておらぬ」
「じゃあ何をしてるっていうんですか? どう見ても覗きとしか…」
「たまたま通りすがりに2人の姿を見付けたのでのう、少し様子を窺っておっただけじゃ」
心なしか小声でそう返すのは、シノアが仕えている宮廷魔術師──セルネその人である。
様子を窺うのも覗きも大差ないような気がするが、シノアはそれ以上の追及は避けセルネが指さした先へと視線を預ける。
シノアの視線の先に映り込むのは、2人の騎士の姿。
しかも、彼がよく見知った姿──セオとユトナであった。
「…オマエさ、ぶっちゃけ聞くけど…現状に納得してねーんじゃねーの?」
「へっ? 何だい藪から棒に。大体、俺が何に納得してないっていうんだい?」
「ほら…誰だっけ、あの夢魔の姉ちゃん…レネードだっけ? あの人との事、このままでいーのかって事だよ!」
蒼月の日の出来事はユトナは気絶していた為人伝に聞いただけだが、セオの置かれた状況は大体ではあるが理解はしているつもりだ。
どうせセオの事だ、自分の感情を押し込めて荒波立てない結末を選ぶのだろう…そう思ったからこそ、ユトナはこうしてセオに発破を掛けようとしているらしい。
しかし、当のセオといえば、何故ユトナがそんなに息巻いているのかイマイチ理解出来ていない様子。
首を傾げていたが、“レネード”という単語に俄かに彼の表情に陰りが生まれた。
「このままで良いも何も…こうするより他無いじゃないか。レネードさんは無事に記憶も戻ったんだし、幼馴染の大切な人とも再会出来たんだし…それをとやかく言える権利は、俺には無いよ」
「だーっもうっ! 何でオマエはそーやってグダグダ煮え切らねー事ばっか言ってんだよめんどくせーな! 記憶がどーとか権利がどーとかンな事どーだっていいんだよ! オマエ自身はどーなんだっつってんだよ!? オマエの気持ちの問題だってオレは言ってんの!」
遂に痺れを切らしたのか、爆発したユトナが一気に捲し立てる。
その言葉に反論も同意も出来ないのか、返す言葉を持たないセオはただただ俯くばかり。
──ユトナの気持ちは痛い程分かるし、セオ自身の事を気遣っての発言だという事も、勿論分かっている。
彼女は正直で、真っ直ぐで…正面からぶち当たっていく事しか知らないから、セオの態度が煮え切らないと思うのも、無理は無いだろう。
でも、それでも。自分の気持ちが分からない。正面から向き合う事が出来ない。
どうして出来ないのか…その答えを、セオ自身何となく分かっている気がした。