第11話
ユトナも知らないとなれば最早お手上げ、と言わんばかりに困り果てた表情を浮かべるキーゼ。
…が、彼の関心はすでに別の方へと切り替わりつつあった。
それもその筈、キーゼがわざわざユトナの元を訪れたのは、セオの事を聞く為だけではない。
未だ彼の中には、ユトナの正体に関して納得し切れず燻った疑念があるのだ。
自宅で療養を取っている、という極めてプライベートな状況でなら、もしかしたらひた隠しにしている裏の姿を垣間見れるのではないか…キーゼはそんな淡い期待を抱いたようだ。
しかし、そんな真意を悟らせる訳には行かないと、努めて平静を装いつつユトナをさりげなく盗み見した。
普段の格好とは異なり大分ラフな服装ではあるものの、いつものユトナの雰囲気と何ら変わりは無い。
飾り気も無く、ましてや女性らしさや色っぽさがある訳でも無く…取り立てる必要も無いくらい、至って普通の少年の姿。
「……? キーゼ? どーかしたのかよ? さっきからオレの事チラチラ見たりしてさ」
「へぁっ!? いや~どうかなーそんなシノアの事見てたっけかな~? 気のせいじゃね?」
ユトナに訝しげな眼差しを向けられて、盛大に肩をびくつかせ咄嗟に誤魔化し笑いを浮かべたものの、かえって不自然さが浮き彫りとなる羽目になってしまった。
これ以上ボロが出る前に退散しようとでも思ったのか、キーゼは相変わらず引き攣った笑みを顔に貼り付かせながらわざとらしく懐から懐中時計を取り出すと、
「シノアが元気ってのも確認できたし、セオの事も聞けたし、おれとしてはすっきりさっぱり安心したさー。そんじゃそろそろ詰め所に戻ろうぜ」
「…え、もう戻るのか? 随分忙しない気がするのだが…」
「だーもうっ、あんたちょっとは空気読めよどんだけKYなんだよ。じゃあな~ゆっくり休めよ~?」
ネクトは何故そんなに急ぐ必要があるのか、と些か腑に落ちないといった様子で首を傾げていたが、キーゼはそれもお構いなし、半ば無理やりネクトを引き摺って行くような形でその場を後にした。
何とも忙しない2人の来訪は、まるで嵐のよう。
その場に取り残されたユトナとロゼルタは暫くぽかんと呆けていたが、最初に心底安心しきったように溜め息を零したのは、ユトナであった。
「…はぁ~~、あっぶねー何とか切り抜けられたぜ。まさか、あいつ等がわざわざオレんトコに見舞いにまで来るとはなー」
「ふふ、なかなか侮れない同僚のようですねぇ? あの2人は。それにしても、貴方こそそれを見越して、療養している時も男装していたのではないのですか?」
「へ? あぁこれはシノアの計らいだよ。…にしてもシノアの奴、用意周到と言うか用心深いというか…けど、お陰で助かったぜ」
気が抜けたのか、その場にへなへなと力なく座り込むユトナを見下ろしつつ、些か感心した様子のロゼルタ。
どうやら、ユトナが普段と同じように男装して女性特有の体形を隠しているのはシノアの提案によるものらしい。
ユトナの説明によれば、『幾ら家に居るからと言って油断しない方がいい。特に今回は療養しているのだから、見舞いに訪れる者を想定する必要がある』…というのがシノアの弁。
楽観的なユトナはそんなシノアの考えを笑い飛ばしていたが、今思えばシノアの言葉に従っておいて本当に良かったとしみじみと痛感する羽目となった。
「…にしても…セオの奴大丈夫か…? アイツ、昔っから何でも自分の中に溜め込んで、あーでもないこーでもないって悩んでたからな。…よし、後でセオに直接聞いてみっか」
ユトナとしては純粋に旧友を心配しての結論なのだろうが、ユトナが関わると自体が宜しくない方向に転がってしまうのではないかと疑念を抱いてしまうのは否めない。
よっしゃ、と気合を入れて拳を握り締めるユトナをよそに、ロゼルタの脳裏に引っかかる、もやもやとした何か。
「……ところで、その悩んでいるという貴方の同僚は、あの場にいた水色の髪の青年の事ですよね? 名前は何と仰るのでしょう?」
「へ? セオの事か? セオだよセオ。本名は確か…セオルーク=リゼンベルテだっけ。けど、それがどーかしたのかよ?」
「いえ、何でもありません。あれだけの事がありましたし、一応名前を伺っておこうかと思いましてね。…さて、それでは私もそろそろお暇しましょうかね。…いいですか、調子に乗って動き回って貴方のご兄弟のカミナリが落ちないようくれぐれも気を付けて下さいね?」
「ケッ、調子になんか乗らねーよ。とっとと帰れ帰れっ!」
嫌味をさりげなく織り交ぜる事でユトナに悟られず話題を切り替える事に成功したロゼルタは、ユトナにべっと舌を出されても何処吹く風、手をひらひら振りながら笑顔を残してその場を後にした。
帰路に着きつつ、ロゼルタの脳裏を過ぎるのは先程ユトナから聞いた1人の騎士の名。
「セオルーク…何処かで聞いた事があるような気がするのですが…う~ん、何処だったか…」
思い出せそうで思い出せず、喉元まで出かかって引っかかったままというのは何とも気持ち悪いもの。
…そう、確かかなり昔に目にした事があるような気がする…ロゼルタはそんな事を心の中で呟きながら、歩を進めていった。