第10話
一方で、すっかりおとなしくなってしまったユトナをその腕に収めながら、そんな彼女を微笑ましく見つめるロゼルタ。
こんな光景、無関係の人間が目の当たりにしたら自分達は恋人にでも間違われるだろうか──けれど、それも悪くない…そんな事をぼんやり思っていたロゼルタであるが、ふと視線をずらした先に映り込んだ光景に、僅かに目を細める。
「……身体の具合は如何ですか? ほんの少しの間、1人で何とか立っていて貰えませんか?」
「へっ? え、あ…」
いきなりの提案についていけずぽかんとするユトナの返答を待たずとして、一方的に彼女を引き剥がしてしまうロゼルタ。
ようやく気を落ち着ける事が出来そうでホッとする反面、先程は話してくれなかったくせに今度はこちらの返答も待たずに話を進めるとは、何とも身勝手な奴…と苛立ちさえ覚えたユトナであるが。
直後、ロゼルタの行動の真意を汲み取る事が出来たユトナは、成程と人知れず納得する。
「お2人共…街の警備ですか? 騎士としての任務に精を出しているようですね」
「……! お、王子…! まさかこのような場所で王子にお声をかけて頂けるとは、何たる光栄…身に余る所存に御座います」
「…相変わらず堅苦しいな、あんたは…。いや~相変わらず街で遊び歩くとは、王子もお盛んですねー」
「貴様こそ、少しは口を慎むか言葉を選べ」
「別にいいじゃんよー、そもそも間違ってないし」
ロゼルタに声を掛けられた2人──キーゼとネクトはまさかこんな街角で雲の上の存在であるロゼルタと出くわすとは露ほども思っていなかったらしく鳩が豆鉄砲を食らったような顔をぶら下げていたが、すぐに我に返った2人は各々の反応を見せる。
全く逆の反応を見せる2人を眺め心の中で微笑みを浮かべるロゼルタの傍らで、ユトナもまた、2人が此処へやってきた事に驚きを隠せずにいた。
もし、先程の現場に2人が遭遇したら、最早言い逃れは出来なかったであろう──今回ばかりは、迅速な対応に映ったロゼルタに感謝せざるを得ない。
ロゼルタの前で畏まる2人をよそに、ようやく元の調子を取り戻したユトナがニカッと晴れやかな笑みを浮かべながら声を掛けた。
「よう2人共、久し振りじゃねーか。今日は街の警備でもしてんのか?」
「いやいや、今日は仕事関係ねぇし。つか、あんたの見舞いに来たんだよ」
「……へ? オレの?」
キーゼの口から放たれた言葉は予想だにしていなかったもので、ぽかんと口を半開きにして間抜けな顔を晒すユトナ。
すると、ネクトも会話に介入してきた。
「ああ、暫く体調不良で休んでいたから、心配でな。身体の具合は如何だ? 普段元気だけが取り柄のようなシノアが暫く休んでいるのだから、おそらくよっぽどの事だと思ったのだが…」
おそらくネクトは心からユトナの事を心配しているのだろうが、如何せん肝心な所で天然ボケを発動するスキルを持つネクトである、無自覚のうちに失礼な発言をかましている事に全く気付いていないらしい。
ユトナもカチンときたのかこめかみに青筋が立つものの、ネクトが嫌味を言うような人柄で無いのは重々知っている為、怒りを何とか喉元で押し込める。
「それじゃオレが元気しかねーみたいじゃんか…まぁいいけど。オレならもう平気だって。元々、そんなに休む程の事でも無かったんだしよ」
ユトナは自らの元気をアピールするように、ぐっと握り拳を作って笑顔を向けてみせる。
思った以上に彼女が明快である事に2人はホッと安堵の息をつきつつ、次の話題へと切り替えた。
「心配したこっちがアホ臭くなるくらいの元気っぷりだなー、ま、その方がシノアらしいけど。…そういや、最近セオと会ったか? 何か話したりとかは?」
「セオ? いや…そういやここ数日は会ってねーな。アイツがどーかしたのか?」
蒼月の日以来、考えてみればセオとは顔を合わせていなかった気がする。
ユトナはあれからずっと騎士団の任務を休んでいて詰め所にすら顔を出していないし、セオもユトナを訪れる事は無かったから。
「いや、どうかしたって訳じゃないんだけど…最近ちょっと、元気ないみたいでさ。多分何かあった的な? だからそれとなく聞いてみたんだけど、あいつ自分の事あんま話してくんないからさー。だから、幼馴染のシノアには何か話してるかも? …って思ったんだけどそうでもなかったっぽいな」