第10話
「やだも~、口半開きになってるよ? そんなにあたしの言葉、意外だった?」
「へっ? …あ、いや、これはその…」
指摘されて、一気に羞恥が全身を駆け巡り慌てて口を手で覆うセオ。
そういえば、とセオは話を切り出した。
「前から気になってたんだけど…レネードさんってこの街の住人じゃないよな? この街へは、何しに来たんだい?」
セオの問いに明らかに動揺したのか、レネードの表情が僅かに強張る。
そして、セオから視線を外し、遠くを眺めた。
「……この街に用がある、っていう訳じゃないんだけど…ちょっと、色んな所を旅してみたくて、ね」
「旅を…?」
セオの鸚鵡返しに、レネードはコクリと頷いて見せる。
「……、あたし、幼い頃の記憶が無いのよ」
「え…!?」
思いもよらぬレネードの告白に、青天の霹靂、といった様子で瞠目するセオ。
レネードはふっと小さく息を吐くと、
「とは言っても、ここ数年の記憶はあるから、生活する上では困らないんだけどね。でも…ある時、ふと思ったんだ。あたしは一体何者なんだろう…って。
あたしはずっと夢魔の集落で暮らしてきたんだけど、あたしを育ててくれた人も本当の親では無いのよ。親も、兄弟も誰なのか分からない…もしかしたら、失われた記憶の中に答えがあるんじゃないか、って。
だから、世界を旅する事にしたの。もしかしたら、あたしの事を知ってる人がいるかもしれないでしょ? …あたしは…知りたいのよ。自分自身の事を」
何時の間にか、レネードの表情はいつになく真剣で、憂いを帯びていて。
そんな彼女の話を、セオは真剣な面持ちで聞き入っていた。
「そう…だったんだ。確かに…自分の事が分からないって、気分悪いもんな。いつか…記憶が戻るといいよな」
「ええ、ありがとう」
セオの言葉に、にっこりと微笑むレネード。
彼女自身、今日会ったばかりの人間に此処まで深い事情を話すなんて思っても見なかった。
けれど…何故だろう、セオになら話しても大丈夫…そんな安堵を覚えてしまって。
それはきっと、彼がお人好しでどんな話をしても親身に聞いてくれるだろうと思ったから。
レネードはそこで一旦思考の深淵から這い上がると、改めてセオへと視線をずらす。
そして、うっすらと口元に笑みを作った。──言うならば、悪だくみを思いついた子供のように。
「それでさー、この国って大陸の中心都市なんでしょ? だから、暫くはこの街を拠点にしようと思ってるんだ。
けど、その為には色々と必要な事があって……そういや、君は何処に住んでるの?」
「へっ? お、俺? 俺は王国の方で用意してくれている寄宿舎に住んでるよ」
いきなり自分に話を振られ、間抜けな声を上げながらもとりあえず素直に答えておくセオ。
すると、してやったり、と言わんばかりにレネードはニヤッと口角を吊り上げた。
「なるほど~、それは都合がいいわ。暫くの間、君の家に居候させて貰っていい?」
「…え、ええぇぇえっ!?」
レネードの口から零れた提案は、セオを驚かせるには充分過ぎて。
詰め所中に響き渡るのではないかと思うくらいの驚愕の声を上げ、金魚のように口をパクパクさせながらぽかんとするセオ。
だが、レネードは何処吹く風で、
「そんなに驚く事だったかな~? ちょっと間借りさせて貰えばいいからさ…ね、如何かな?」
「どっ、どど、どうも何も、駄目に決まってるだろ! そりゃ、男友達とかだったらいいけど…レネードさんとは今日会ったばっかだし、それに、その…男女が同じ屋根の下で暮らすっていうのも…」
自分の発言に恥ずかしくなったのか、話しながら顔を紅潮させるセオ。
そんな彼の様子が可笑しかったのか、クスクスと笑みを零すレネード。
「あ、平気平気、あたしは割とそういう事オープンだし。それに君、紳士って感じだし。…ってか、女性に免疫無さそうだよね~。逆に言い様に言いくるめられちゃう、みたいな?」
全く持って気にしていない様子のレネードに、セオはキリキリと胃が痛みだすのを感じた。
どうやって断るか…と思案を巡らせるセオなどお構いなし、レネードはさらに畳み掛けた。
「…っていうかさ、君、あたしの事散々犯人呼ばわりして、あまつさえ襲い掛かってきたよね~?」
「あ…うっ、それは、その…謝ったじゃないか」
「口で謝るだけじゃ、足りないな~? 下手すりゃあたし、君に殺されてたかもしれないしねぇ。此処は一つ、君から誠意ってものを見せて欲しいんだけど?」
「せ、誠意?」
痛い所を突かれて先程までの勢いは何処へやら、すっかり萎縮してしまうセオ。
これは予想以上に効果抜群、とレネードは心の中でほくそ笑むと、さらなる畳み掛けに入った。