第1話
夜の闇を照らす、淡い光。
闇夜にぽっかりと浮かぶ満月は、人々に癒しと安らぎの光を与えてくれる。
しかし、10年に一度の周期で、月はいつもと顔を変える。
淡い光の代わりに放たれるのは、冷え切った蒼い光。
そして、月そのものも蒼く染め上るのだ。
人々はその月の事をこう呼んだ。
『神秘的な蒼月』、『珍しい蒼い月』。
そして、生物を惑わせる狂った月、と──…
◆◇◆
大陸で一番の権力を持ち、広大な領地を誇る王国、フェルナント。
王都は様々な人々と物が行き交う商業の街としても有名である。
さらに、フェルナント一番の強みといえば、国ができた時から脈々と受け継がれてきた騎士団の存在だ。
実力はもちろんの事、古くからの伝統や誇りを大事にしてきた、由緒正しい組織なのである。
王都の片隅にある、騎士団専用の宿舎。
此処には数多くの騎士達が暮らしている。
騎士団専用の宿舎の片隅で。
朝の爽やかな雰囲気に似つかわしくない程慌てふためく少年の姿があった。
「ああぁぁっっ!! 何でよりにもよってこんな日に目覚まし時計が壊れるんだよっ!」
ドタバタと忙しなく部屋中を駆け回り、必死の形相で出かける準備をしているようだ。
水色の長くてサラサラの髪を後ろで一つに束ね、蒼い瞳は宝石のように透き通っており。
彼の名はセオルーク。周りからはセオという愛称で呼ばれている。
セオはパンを齧りながら服の袖に手を通し、てきぱきと出かける準備を整えている。
「うわ、やばい…! 今から出たんじゃ、もう間に合わないかも…。でもいいや、とにかく急がないと。行ってきますっ!」
あっという間に準備を整えたセオは最後のパンの一欠片を飲み込むと、自分以外誰もいない部屋に向かって律儀に挨拶を残すと慌てて部屋を後にした。
セオは城へ続く道を疾走しながら、あれこれと思案を巡らせていた。
彼にとって、今日は新しい隊に配属になって最初の出勤日。
こんな大事な日ほど、遅刻などしたくなかったのに…どうして今日に限って寝過ごしてしまったのか。
自分の運の無さを呪いながら城門を潜り、集合場所へ。
そこにはすでに、自分以外の隊員全てが集まっているようであった。
(うぅ…やっぱり俺が最後か)
心の中でがっくりとうなだれつつ、こうなったらもう平謝りをするしかない…! と開き直ったようだ。
彼の視線は、隊のリーダーらしき男性へと向かう。
くすんだ金色の長い髪を後ろで一つに束ね、凛とした顔立ちときりっとした眉毛からは、彼の実直で真面目な性格を伺わせる。
がっしりとした体形からは、彼が生粋の騎士である事を示唆していた。
頼もしそうな半面、怒らせれば怖そうな印象も受ける。
年齢は30歳そこそこであろう。
(あの人が隊長だろうか…? 謝るなら、あの人にした方が良さそうだ)
心の中でそう結論付けると、意を決して隊長らしき男性の元へと歩み寄った。
何やら他の騎士達に話をしていた男性であったが、セオの存在に気付くと話を中断し、セオへと視線をずらした。
…視線をずらす、というより、セオを睨み付けた、といった方が正しいか。